呼ばれた二人がやってくると、
「これを見よ。明智光秀が反逆し、信長公は本能寺にてご最期とあるぞっ」

「そんな、信じられぬ!すぐ前のページでは、生きていたではないか。」
なんてことは言わないが、書面をのぞきこんだ彦右衛門も官兵衛も、がく然として、
しばらくは声もない。二条御所にいた長男の信忠ともども、すでにこの世にないとかいてある。
「光秀も、三十代なら謀反など考えまいが。」
と、まず口を開いたのは黒田官兵衛である。
「五十代にもなって老いがせまると、気がせくばかりで体は動かず、そこで信長公をたおして、
一か八かの、天下とりのおおばくちにでたのであろう。」
ついで蜂須賀彦右衛門が、
「がれきのような低い身分から、近江は坂本城の城主にまで出世できたのは、
信長さまのおかげじゃというのに、なにを血まようたものかのう。」
さらに彦右衛門、
「一つ試練をのりこえた後に、おん大将から、またそれ以上の試練を課せられる。
このまま従うのか、殺すのかと、自分で自分を追いつめたのであろうかのう。」