天正十二(一五八三)年の三月、ついに尾張で、羽柴秀吉と徳川家康が全力をかたむけて戦うことになる。 これが世にいう、小牧・長久手の合戦である。
 すぐさま家康が、小牧山に本陣を置く。
 一方秀吉は、一万の軍勢で岐阜城にとどまる。使いをやって、犬山城にいる池田信輝と森長可を呼び寄せ、
「小牧山は、わしに任せて、おぬしらは家康の留守に岡崎城をたたけ。」
と命じる。
「心得ましたっ。」
 池田信輝と森長可が、あわせて一万六千の兵を率いて、ひそかに三河の岡崎城へと向かった。 ところが出陣から三時間を過ぎて、小牧山の家康のもとへ知らせがかけつける。
「池田と森の軍勢が、三河を狙って、深夜の行軍!」
と、甲賀忍者の服部半蔵だ。
「いかん、ただちに後を追うぞ。」
本田平八郎の手勢のみを小牧山に残して、家康軍の大半が山を下り、池田と森の連合軍においせまる。

次へ