
「やあやあ、そこをゆくのは、能無しの猿面冠者ではないか。」
「あやつ、本田平八郎だ。小牧山を下って、追っかけてきやがったな。」
蜂須賀彦右衛門かというと、彦右衛門の横に馬を並べている堀尾茂助が、
「鉄砲隊にズドーンとやらせて、蹴散らしてやりますか。」
本田平八郎忠勝の手勢は、騎馬が百、歩兵が百、せいぜい二百あまりだ。
鉄砲隊が立ち止まって火縄銃をぶっ放せば、あっけなく退散しそうだ。
「ほっておけよ茂助。あの雑言は、わしらを引きとめようというはらじゃ。相手にしたら、信輝らを助けられぬ。」
と秀吉である。
小川を隔てて野道を走る平八郎、そのうち秀吉と馬をならべて、
「やい、あほ猿!この大鹿の角かぶとが怖くて逃げるのか。腰抜け!」
秀吉がチラッと目を投げ、取り合わない。平八郎、手にした槍で小川越しに秀吉の頭をたたくそぶりを見せ、
「おい、尻ぐそつけた猿じじい。うぬのかぶとは、おもしろや。
八方に屁をひったような兜じゃのう。くさやの、くさやの、ああくさ。」
太陽光線をデザインにしている秀吉の兜をからかっている。
「家康は、よい家来を持っておるなぁ。ここでわしらの足をとめ、自分は死んで家康を生かそうという気じゃ。」
彦右衛門が感心している。
「引っかかるでないぞ。よい度胸をしておるわ。生かしておいて、いずれわしの家来にして見せる。」
と秀吉である。