TOPIC1-3.ヨーロッパ地域の戦争と紛争

5. チェチェン紛争
 
国土とその歴史
 
チェチェンは、ロシアの南、北カフカス地方の山岳地帯に位置します。
18世紀頃、勢力争いを続けていたロシア、オスマン・トルコ、ペルシャが争ったのが、このカフカス地方でした。そして、カフカス地方が戦火に見舞われるたびに激しく抵抗を続けたのがこのチェチェンでした。 19世紀に入ってロシアによる支配を受けた時も、チェチェン人はイスラム教の信仰を続け、民族の団結を維持しながら、ロシアのイデオロギーに屈することはありませんでした。
20世紀初頭、ロシア革命を受けて建国を目指したチェチェンですが、1922年、自治権と引き換えにソ連邦に組み込まれ、圧制を受けることになります。
この圧制にも屈しないチェチェンに対し、スターリンはチェチェン人と兄弟民族にあたるイングーシ人を強制移住させました。この苦難でチェチェン人は約半数が亡くなったということです。 しかし、そのような状況にもチェチェン人はイスラム教信仰を止めることはありませんでした。
転機が訪れたのは、1987年のゴルバチョフ書記長によるペレストロイカの時でした。この時、ソ連邦からいくつかの国が独立を宣言しました。チェチェンもこれに続きますが、世界一の多民族国家であるロシアは、これをよしとはしませんでした。そして、1994年12月、ロシアはチェチェンに軍隊を送りこみました。これが、第一次チェチェン紛争です。ここでは、10万人を超える死傷者が出ました。
この紛争は1996年8月に停戦しましたが、問題は先送りにされただけで解決されたわけではありませんでした。
そして、1999年9月、ロシアで起こったテロをチェチェンの仕業と断定して再びロシアはチェチェンに侵攻しました。第二次チェチェン紛争です。
 
現在の情勢
 
この紛争は未だに解決にはいたっていません。欧米諸国が紛争解決に乗り出すも、ロシアはこれを内政問題として拒否しました。
この問題には、民族・宗教的側面のみならず、原油を産出するチェチェンに対する利権もからんでいますので、解決にはまだまだ時間がかかるようです。



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