シエイエス

               

               本当の実力者

中流家庭生まれのシエイエスは、パレ大学卒業後 シャルトルの

司教代理となる。

1787年に、オルレアン県議会議委となり、政治界に足を踏み込んだ。

 

フランス革命直前に 「第三身分とは何か」という有名なパンフレットを

書き、革命の勃発に火をつけた。

 

1789年には、第三身分の代表として 三部会に臨み、

「テニスコートの誓い」を起草した。

 

国王の死刑に賛成し、処刑後は 政治の表舞台から身をひいた。

 

またシエイエスは ナポレオン独裁への道を開いた。王政復古時には、

国王処刑者としてオランダに亡命。 フランスに戻った6年後、

パリにて死亡。