BY「LITTLE EDEN」様『銀河鉄道の夜』 -旧版-


四、ケンタウル祭
五、天気輪の柱
六、銀河ステーション
七、北十字とプリオシン海岸
八、鳥を捕る人
九、ジョバンニの切符(前)
   ジョバンニの切符 (中) 
   ジョバンニの切符(後)

BY 「LITTLE EDEN」様

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七、北十字とプリオシン海岸

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 川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えてゐる崖の下に、白い岩が、まるで運動場のやうに平らに川に沿って出てゐるのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘り出すか埋めるかしてゐるらしく、立ったり屈んだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。
「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処の入口に、〔プリオシン海岸〕といふ、瀬戸物のつるつるした標札が立って、向ふの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干も植ゑられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。
「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議さうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖ったくるみの実のやうなものをひろひました。
「くるみの実だよ。そら、沢山ある。流れて来たんぢゃない。岩の中に入ってるんだ。」
「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」
「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」
 二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻のやうに燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻でこさへたやうなすすきの穂がゆれたのです。
 だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴をはいた学者らしい人が、手帳に何かせはしさうに書きつけながら、鶴嘴をふりあげたり、スコープをつかったりしてゐる、三人の助手らしい人たちに夢中でいろいろ指図をしてゐました。
「そこのその突起を壊さないやうに。スコープを使ひたまへ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」
 見ると、その白い柔らかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣の骨が、横に倒れて潰れたといふ風になって、半分以上掘り出されてゐました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄の二つある足跡のついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。
「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡をきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。
「くるみが沢山あったらう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらいゐ前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れてゐるとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしてゐたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまへ。ていねいに鑿でやってくれたまへ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔はたくさん居たさ。」
「標本にするんですか。」
「いや、証明するに要るんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらゐ前にできたといふ証拠もいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかといふことなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨が埋もれてる筈ぢゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。
「もう時間だよ。行かう。」カムパネルラが地図と腕時計とをくらべながら云ひました。
「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。


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