**ソシュールの言語学 A




 ソシュールは言葉が記号であるということを暴きましたが、暴くことと肯定することは決して同じことではありません。言語が記号であるというのは、言語学が科学になることの第一歩なのです。
 たとえば、ラングとパロールという分け方がありますね。ラングというのが書き言葉で、パロールというのが、発話、すなわち話し言葉です。ソシュールはパロールを言語学から切り捨てます。これは、パロールを研究対象にすると手に負えなくなるからで、決して軽視したわけではないのです。まずは、確定できるラング(これ自体もかなり奥は深くなるのですが)から始めようと思うわけです。
 パロールが手に負えないというのは、たとえば、私がここで「おはよう」といったとき、もちろん、ここでは文字ですが、言い方によって、意味が変わるのです。3回言えば、3回変わるでしょう。これが言語の一回性というものですね。これは演劇のおもしろさに似ています。台詞がわかる、たとえば歌舞伎のようなものを、何度見てもおもしろいというのは、まさにこの言葉(パロール)の一回性を求めているからですね。では、どうして、意味の変化が起こるのか。これは大変難しい。音声学というか、そういう知識もふくめて、とらえなければいけいないからです。

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