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明治時代での急激な変化
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日本の伝統建築は何を目指していたかということを考えると、まず初めに日本特有の『四季』について考えなければなりません。夏の蒸し暑さと冬の寒さ。その繰り返しで、一年が過ぎていくわけですが、伝統建築では前者に重きを置いていました。それは一体なぜなのでしょう?答えはとても簡単です。冬は着込んで炬燵や火鉢など部分暖房で温まる。そのかわり、夏は間取りが取り払うことができるほど単純なので、風通しは十分に確保できたというわけです。 明治に入り鎖国を解き放ち、日本は洋風を導入するようになるにつれ住居の形も大きく変わって行きました。順を追って見てみると、 |
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@材料の変化 木などの自然素材からコンクリートなどの合成素材へ。 A形態の変化 部屋は一つずつ確立し、窓は小さくなった。 |
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大きく分けてこの二つの変化が挙げられるでしょう。これらは夏になると異様な程の暑さになる住宅で、それまで過ごせていたはずの日本の気候に不向きだったのです。この結果、私達は自然ではなく人工的な空調を作るしかなくなってしまったのでした。間取りはシンプルな箱である、という発想を取り入れれば伝統建築の良さを活かすことが出来るはずなのですが・・・。 |