がんは、日本人の死因第1位で、2019年には全国で約37万6000人の方が亡くなりました。また、男女ともに日本人の約2人に1人は、一生のうちにがんに罹患するとされています。
がんは、早期に発見・治療を行うことで治癒率の向上が見込まれていますが、「時間がない」や「検査費用が経済的に負担である」などの理由からがん検診を受けないという人は少なくありません。実際に、日本のがん検診受診率は他の先進国と比べても低くなっています。そのような中で、線虫を用いたがん検査方法が注目されています。
がん患者には、健康な人にはない特有の匂いがあることが分かっており、線虫を用いたがん検査では、C. elegansという線虫の走性を利用しています。この線虫は、ある条件下において、匂いを嗅ぎ分けることで、健康な人の尿からは遠ざかり、がん患者の尿には近づいていくという性質を持っています。この線虫の嗅覚受容体は人の3倍、犬の1.5倍にあたる1200種類あり、機械でも検知できない微かな匂いを嗅ぎ分ける能力があります。また、犬のように集中力が切れて、精度が落ちるといったこともありません。
この検査は、現在開発されている段階では、がんの種類は特定できないものの、胃がん、大腸がん、肺がん、乳がん、子宮がん、膵臓がん、肝臓がん、前立腺がん、食道がん、卵巣がん、胆管がん、胆のうがん、膀胱がん、腎臓がん、口腔・咽頭がんの15種類のがんを検出することができます。また、ステージ0からステージ4まで、全ての進行度のがんに反応することが確認されています。がん患者を「がんである」と診断する「感度」は86.3%、がんに罹患していない人を「がんでない」と診断する「特異度」は90.8%です。
従来のがん検査方法の1つである、腫瘍マーカーでは、超初期の感度は約10%、末期になっても30%から50%ほどであるため、従来のがん検査方法と比較しても高感度であるといえます。また、画像診断などの従来の検査方法では、進行している場合や腫瘍が大きくなっている場合に検査の精度が上がるとされているので、進行度に関係なく高精度の検査ができる点も、従来のがん検査方法にはない特徴です。
この検査方法では、わずかな尿しか必要とせず、健康診断で用いるような、X線検査やマンモグラフィ、胃カメラなどの従来の検査方法と比較すると、手軽で、検査時にかかる身体的負担もほぼありません。そのため、定期的な検査が受けやすくなっています。
検査で使用する線虫のC. elegansは雌雄同体で約4日で成虫になります。また、生涯のうちに100個から400個ほどの卵を産み、大腸菌で繁殖するため、飼育コストが安価です。また、検査方法も前述したように仕組みが単純です。こういった理由から、このがん検査を開発・実用化している会社では、検査費用が税抜き・参考価格(保険適用外)で、9800円となっています。
このように、線虫を活用することで、手軽に安価で高精度な、がん検査を受けられるようになる技術が開発・実用化されています。これからは、「虫」を含めた生物が、医療の分野で活躍する機会が増えていくのではないでしょうか。