近年、環境保護や地球温暖化対策への関心が強まってきており、バイオ燃料への注目も高まってきています。地球温暖化が進行すると、異常気象や海面上昇、食糧安全保障上の危機など、私たちの生活に直接関わる問題が発生するとされています。菅内閣総理大臣は2020年10月26日の所信表明演説で、「我が国は、2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを、ここに宣言いたします。」と表明しました。こういった流れの中で、バイオ燃料であるミドリムシ燃料への期待が高まっています。
ミドリムシから製造される燃料に適しているものとして、ジェット燃料とディーゼル燃料があります。下の表のように、石油系燃料の性質は炭化水素の1分子あたりの炭素原子数によって決まります。炭素数が多いほど粘度の高い重質油となり、少ないほど揮発性の高い軽質油となります。
ミドリムシは、酸素が十分にある環境下においては、光合成によってグルコースを合成し、それをパラミロンという多糖類にして蓄えています。しかし、酸素が十分でない環境下では、体内に貯蔵したパラミロンを分解し、ワックスエステルという油脂をつくるようになります。
ミドリムシ燃料を製造する際には、ワックスエステルを溶剤などを用いることで抽出し、そこに水素を付加し余分な酸素を取り除く、水素化という工程を行います。そうして得られる油の炭素数が15前後となるため、ジェット燃料やディーゼル燃料が適した用途になるのです。また、こうして製造された燃料の性質を化学的に変化させ、他の炭素数の油にすることも検討されています。
原油の主成分である炭化水素は、数億年もの間に植物が光合成をして生成され、改質によってできたものです。それに対して、バイオ燃料は空気中にある二酸化炭素を原料にしているため、燃焼時に出る二酸化炭素が相殺されるので、製造過程で必要になるエネルギーを除けば、二酸化炭素濃度を上昇させる素因にはなりません。
また、バイオ燃料は大気汚染の原因となる硫黄酸化物(SOx)を排出しません。こうした理由から、バイオ燃料は石油や石炭、天然ガスなどの化石燃料に代わるエネルギー源として期待されています。
代表的なバイオ燃料であるバイオエタノールは、サトウキビやトウモロコシなどを原料にし、1970年代のオイルショックを転機としてガソリンの代替燃料として注目されてきました。また、菜種油やパーム油などを処理して作る、バイオディーゼル燃料は軽油の代替燃料として使用されています。
これらのバイオ燃料は、他のバイオ燃料より比較的先行して開発・実用化されており、第一世代バイオ燃料と言われています。このようなバイオ燃料は、コストの問題などから普及しにくいのではないかと危惧されていましたが、アメリカやブラジルなどの国々では、ガソリンへの混合を義務付けたり、補助金を出したりして、公的にバイオ燃料の普及を推し進めていった結果、生産は段々と拡大していきました。
このように、バイオエタノール などの燃料が普及していったことは、地球温暖化対策の観点からはひとつの進歩であるといえます。しかし、第一世代バイオ燃料は大きな課題も抱えています。
バイオエタノールは、普及が進むにつれて原料となるサトウキビやトウモロコシの価格が上昇しました。バイオディーゼルも、主に廃油を処理して製造していたときには、リサイクル燃料として注目を集めましたが、ヨーロッパなどを中心に需要が高まると、原料とする油が不足するようになり、近年では原料となるセイヨウアブラナなどの作付面積を増やしています。
一般的に人口が増えると、労働力が増え食料需要も増加するため、食料を生産する畑の耕作面積が増え、耕作面積が増加すると食料生産が増加するため、人口も増加します。
そのため、耕作面積だけが余っているという状態になることは考えづらく、バイオ燃料の原料として農作物が使われると、農作物の食料としての供給が減り、作物の価格が高騰してしまうのではないかと考えられています。
このような事態を防ぐとともに、バイオエタノールの供給が追いつかなくなったため、ブラジルでは2003年にガソリンへの混合義務割合が25%から20%に引き下げられました。このような対策もされていますが、グローバル化・国際的な分業が進んでいる昨今、経済水準の高い国々が燃料を購入するために、経済力のない国々の食料を奪うということが起こり得るかもしれません。また、耕作地を広げることで、増加するバイオ燃料の需要に対応しようと、アマゾンなどの森林が伐採されるといったことも起きており、「環境のためのバイオ燃料の普及が森林伐採の加速を招くなど、本末転倒だ。」との指摘もあります。
こうした理由から、ポンガミアやジャトロファなどの食用ではない作物や、間伐材、廃木材、稲藁、産業・生活ゴミなどを原料とする第二世代バイオ燃料の開発が進められていますが、作物の栽培には耕作地が必要であり食用作物との競合は見せかけ上でしか避けれていない、という意見もあります。また、廃棄物を原料とする場合もゴミの供給は限度があり、生産も安定しないといった問題があり、間伐材や廃木材などのセルロースを多く含む原料の場合では化学処理や微生物などを使って、一度、糖に分解しなくてはならず、ビジネスとしての生産性がよくないといった問題があります。
こうした問題を抱える第一世代・第二世代のバイオ燃料に対して、ミドリムシ燃料は食料の供給を減少させる危険性もなく、面積あたりの油の生産量はパーム油(1haあたり年間約6t)の10〜15倍と、高効率な生産が可能です。そのため、他の藻類を原料とする燃料とともに、第三世代バイオ燃料として、石油の代替燃料としての期待が高まっています。
廃油や菜種油を原料とするバイオディーゼル燃料は、軽油と似た性質を持つ脂肪酸メチルエステル(Fatty Acid Methyl Ester, FAME)を利用しています。FAMEは植物性油脂であるトリグリセリドにメタノールを反応させるエステル交換というプロセスを経て、油脂を改質し精製しますが、その過程で原料となる油脂の10%もの重量のグリセリンが生成されてしまいます。
このグリセリンは、新たな燃料の原料としたり、洗剤などを加工したりするなど、有効活用の方法が模索されていますが、グリセリンは供給過剰状態となっており、廃棄されることが多くなっています。その一方で、ミドリムシ燃料で利用されているワックスエステルは精製過程でグリセリンを生成しません。分子構造がFAMEと似ていることも、バイオ燃料として利用する際のメリットといえます。
また、ミドリムシはセイヨウアブラナのように細胞壁を持たないため、製造過程でセルロースなどが残らず、処理を簡略化でき、費用の面からもメリットがあるといえます。
化石燃料は近年、シェールオイルやシェールガスの登場、採掘技術の向上などによって、エネルギー資源の供給量が不足するといった不安が解消されたものの、原油価格は1990年代ごろと比べて大幅に上昇しています。また、ジェット燃料の価格もLCCの拡大による航空燃料の需要増加が見込まれていることや、新興国での航空需要の拡大などから上昇しています。
原油価格が75米ドル/バレル程度である場合、ミドリムシ燃料が石油などの化石燃料とも十分競争することが可能であるといわれており、原油価格がそれより少し高い水準になっても、政府の環境規制や助成金などの支援や大規模生産での精製コストの大幅な削減などによって、ミドリムシ燃料の普及は進んでいくと考えられています。
実際に、ミドリムシ燃料の開発・実証を行っている企業のユーグレナが行っている実証プラントでの燃料製造コストの内訳は1Lあたり原料が70円で、精製コストが9,930円となっていますが、大規模生産によってスケールメリットが働けば精製コストを20円以下にすることができると分かっています。
各国の環境規制が進む中、航空業界は温室効果ガスの排出量削減などに取り組んでおり、ミドリムシ燃料などのバイオ燃料は積極的に使用していくと見られています。
ICAO(国際民間航空機関)は2016年の総会で、2021年以降は温室効果ガスの排出量を増加させないとした成長スキームを採択しました。全日本空輸(ANA)は、ミドリムシ燃料事業を行っているユーグレナへの支援などを行っており、日本航空(JAL)は一般廃棄物を原料としたバイオジェット燃料の製造事業を行っている米国の企業への出資などを行っています。
ミドリムシ燃料などのバイオジェット燃料を使用するメリットは、環境規制への対応だけではありません。従来のジェット燃料は、原油価格の上昇によって採算性の高いディーゼル燃料などの製造が優先されることで供給が減り、価格が高騰するなどの価格変動のリスクや、取引時の為替の影響を受けるリスクなどがありました。
対して、バイオ燃料は製造・供給が安定しており、価格も安定しているため、こうしたリスクがありません。これは、航空会社にとって大きなメリットです。また、バイオ燃料を使用することによるコストの上昇分は燃料サーチャージなどで回収することもできます。こうした理由から、航空業界ではミドリムシ燃料をはじめとするバイオ燃料が普及していくとされています。
ミドリムシ燃料事業を行っている国内の会社が「ユーグレナ」です。ユーグレナは、2018年の10月に横浜市において日本初のバイオジェット・ディーゼル燃料製造実証プラントを竣工させました。「GREEN OIL JAPAN」宣言を発表し、横浜市、千代田化工建設、伊藤忠エネクス、いすゞ自動車、全日空、ひろしま自動車産学官連携推進会議をスポンサーとしました。この宣言では「日本をバイオ燃料先進国にする」ことを目指すとしてます。また、この宣言にはJR東日本グループ、清水建設、新日本化成、西武バス、デンソー、ファミリーマート、石垣市、佐賀市など、多くの企業・団体が協賛しています。
2020年1月には、ユーグレナが製造するミドリムシジェット燃料が、米ASTMインターナショナル(旧 米国材料試験協会, American Society for Testing and Materials)が定める「D7566」という燃料の国際規格を取得しました。この燃料はミドリムシと食品の廃用油を混ぜて作られます。この規格に準拠して製造された燃料は、従来の石油由来のジェット燃料と同様に扱われ、国際的に、この燃料のみで民間航空機に使用することもできるようになります。
これまで、「D7566」はサトウキビなどを原料としたバイオジェット燃料が5つ認められていました。国内では、国土交通省の「航空機に搭載する代替ジェット燃料(ASTM D7566 規格)の取扱いについて」という通達が2020年2月に一部改正が公布・施行され、このミドリムシジェット燃料は国内においても使用することが可能となりました。
2020年10月には、ユーグレナのミドリムシジェット燃料事業と燃料用微細藻類に関する研究開発が、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の公募事業である「バイオジェット燃料生産技術開発事業」と「実証を通じたサプライチェーンモデルの構築、微細藻類基盤技術開発」に採択されました。
事業期間は2020〜24年度で、「バイオジェット燃料生産技術開発事業」においては、伊藤忠商事、デンソー、三菱ケミカルと共同で採択され、助成金は5年間で5〜30億円となる見通しです。「実証を通じたサプライチェーンモデルの構築、微細藻類基盤技術開発事業」においては、助成金の金額の配分は非公開ながら、他のテーマで採択された企業と合同で5年で68.5億円程度が想定されています。
ユーグレナは、伊藤忠商事と共同で、生産コストや培養環境の観点からインドネシアとコロンビアにおいて、ミドリムシの安定供給に向けた大量培養の実証研究を行っていました。ユーグレナは、今回採択されたNEDOの公募事業として、インドネシアで行っていた事業を引き続き進めていくとしています。
他にも、ユーグレナは、ミドリムシディーゼル燃料を、いすゞ自動車藤沢工場と最寄りの湘南台駅間のシャトルバスの運行用に供給したり、2020年9月には八重山観光フェリー(沖縄県石垣市)の観光船を使って航行試験を行うなど、ディーゼル燃料の分野でも様々な取り組みを行っています。