近年、生物がもつ特殊な機能や不思議な能力を利用する「バイオミメティクス(生物模倣)」が注目されています。そして、蚊が血を吸うメカニズムから発想を得て「痛くない注射針」の開発・利用が進められています。
蚊の針は細い一本の針ではありません。蚊には、上唇(じょうしん)、下唇(かしん)、咽頭(いんとう)、そして大顎、小顎が二本ずつの計7本、針がついています。この七つの針を駆使して血を吸うのです。そのなかで特に重要なのが、上唇と小顎の三本です。細長い真ん中の針が上唇と呼ばれ、上唇のまわりのギザギザした針が小顎と呼ばれます。このギザギザした小さい針によって皮膚に触れる面積が小さくなり、抵抗も小さくなります。そのため、すっと刺さりやすく痛みを軽減させることができるのです。
蚊が血を吸うときの手順は以下の通りです。
この1~4の動作を1秒間に2、3回繰り返しながら針を刺していきます。そして、咽頭から血液が固まらないようにする唾液を出して、時間をかけて上唇から血を吸っているのです。
蚊の小顎がギザギザしていることに着目した企業が関西大学との共同研究により、糖尿病患者向けの注射針を開発しました。糖尿病の患者さんは1日に何回か、指先に注射針を刺して血を出し、血糖値を測定します。そのため少しでも痛くない注射針の開発が求められていました。この新しく出来た注射針の針は、仮に折れて体内に残ってしまっても溶ける、無害な樹脂(ポリ乳酸)で出来ています。ギザギザした構造と無害な樹脂のおかげで、痛みを軽減させた安心な注射針は、患者さんからの評判もいいそうです。
しかし、この注射針では針を刺して血を出すだけで穴があいておらず、薬剤を注入することが出来ないのです。
現在、直径0.1ミリの中空針(薬剤の注入や血液の採取ができる針)が作られています。しかし、蚊の針の直径は0.03ミリなので、まだまだ完全な「痛くない注射針」の製造は行われていません。ですが、蚊が血を吸う仕組みを注射針に応用することが出来れば、完全な「痛くない注射針」が点滴や採血の場で利用されるのも実現出来るかもしれません。