地球上に生息する生物のうち半分以上が昆虫で、地球上の様々な環境で生息しています。昆虫が進化の過程で身に付けた能力はとても多く、ハチは仲間同士で顔認識をしたり、コオロギは個体識別ができたりします。こうした昆虫が環境下のどのような情報を使って、どのように処理し、このような能力が生まれるかは重要で、私たちがまだ知らない環境下の情報を使っていることが多く、新しい価値をそこに見出すことができます。これを人や環境に優しい新しいモノづくりに活かすことができるわけです。
カイコガのメスのフェロモンはお尻の先にあるフェロモン腺でつくられます。そこから放出されたフェロモン(ボンビコール)が風の流れに乗ってオスの触角に届くと、触角にある匂いセンサーにとらえられます。ボンビコールに反応するセンサーには、ボンビコールのみに結合するボンビコール受容体というたんぱく質があります。ボンビコールが受容体と結合すると受容体を通してセンサー内にCaイオンが流れ込み、センサーが信号を発します。その信号が脳に流れ、さまざまな処理がなされ、最終的に前運動中枢という特別な場所に伝えられます。この場所にある神経回路でカイコガがフェロモンを探し出す行動を起こす命令が作られ、体に伝わり、あしやはねが適切に動きます。
「昆虫操縦型ロボット」は、空気で浮上しているボールの上にオスのカイコガを乗せ、カイコガ自身に移動ロボットを操縦させる装置です。このようなロボットを使って、昆虫がどれくらいの能力を持っているかを試したのです。
ロボット上のカイコガがフェロモンを検知して動きだすと、玉乗りのようにボールが前後左右に動くので、回転を赤外線センサーで計測して、その信号でロボットを動かします。するとロボットはカイコガが動いたのと同じように動くわけです。カイコガはロボットを操縦して見事にフェロモン源にたどり着きます。
特定の匂いを検出し、その発生源を探し出すことは非常に重要です。例えば、被災地で生き埋めになっている被害者の救出や爆発物、麻薬などの検出が可能になります。しかし、現状は、そのような特定の匂いを高感度で検出できる工学的なセンサーはありません。そのような中で昆虫の嗅覚能力が注目され、昆虫の匂いセンサーや脳のしくみを再現する研究が急速に展開しています。
カイコガの触角にはフェロモン(ボンビコール)に反応する匂いセンサーがあり、このセンサーがボンビコールを検出すると匂い源探索行動が起こります。 そこで、もしこのセンサーをボンビコール以外の特定の匂いに反応するように変えることができれば、特定の匂いをフェロモンだと思って探し出すカイコガができることになります。そのような技術が、遺伝子工学により可能になったのです。このような改変を行ったカイコガは「警察昆虫」と呼ばれています。
将来的には、国際空港などでの違法薬物の検出に警察昆虫が使われるようになり、違法薬物を隠し持った人がやって来ても、その薬物に反応するカイコガを遺伝子改変で作れば、その人物を特定することも可能になるかもしれません。
また、遺伝子工学技術を使えば、特定の匂いに反応する嗅覚受容体を細胞に導入し、特定の匂いを検出するとピカッと光る匂いセンサ―ができます。これは「センサー細胞」と呼ばれています。これを応用すれば様々な現場で活用することが出来るかもしれません。