身近な放射線


人工放射線


先にも説明したとおり、人工放射線とは人工的に作り出された放射線です。
まず、どうして放射線を人工的に作り出してまで利用するのでしょうか。
放射線は極小の粒子の流れや電磁波だということは放射線の分類の最後でまとめました。
つまり放射線を使うようになって、今までできなかった非常に細かい作業ができるようになったのです。
今までは作れなかったような非常に小さい部品が作れるようになりました。
携帯電話などの小型化が進むのは、放射線を使えるようになったからと言っても過言ではありません。
さらに、放射線は透過作用や電離作用を始めとし多くの性質を持っています。透過作用を持つ放射線を使えるようになったことで、人間が影響できる範囲は一気に増加し、 今までの技術では不可能だったことができるようになりました。
また電離作用のような、原子を化学反応が起きやすい状態にさせる性質のおかげで、化学分野での研究も大きく進歩しました。

放射線はマイナスの印象が強い放射線ですが、私たちの生活に欠かせない存在となっているのです。
ここではそんな人工放射線がどのように利用されているのかを紹介します。



医療系


X線撮影
  X線のもつ透過作用を用いて物体や人体の内部を撮影する手法を
  X(エックス)線撮影といいます。
  1回での被曝量は4.00〜5.00ミリシーベルトといわれています。
CT(コンピュータ断層撮影)
  CTは放射線の透過作用を利用することで身体の断面画像(輪切りなど)を撮影することができます。
  最近では、らせんCTといって、画像処理技術の向上によって内臓や血管などを立体的でより鮮明に
  把握することができるようになりました。
PET(陽電子放射断層撮影)
  がん治療をするときに陽電子を出す放射性同位体を患者に投与し、その体内での分布状況をPET装
  置で撮影する検査方法です。病院で半減期が短い放射性同位体を作って患者に投与することで、患
  者の被曝線量を極力少なくすることができます。PETを使うことで、本当にがんはないのか、転移して
  いないのか、治療は効いているのかなど、様々なことを確認できます。

がん治療
  放射線をがん細胞に当ててがんを治療することができます。この方法ではメスを使わないので、臓器
  や身体の形や機能を保ったままで治療することができます。
  特に重粒子線治療では、がんの位置や大きさ、形状に合わせてがん本体をピンポイントで治療できる
  ので、最先端の治療法として注目されています。

脳腫瘍の治療
  放射線を使って、腫瘍細胞を破壊する治療法です。
  放射線を数十回に分けて少しずつ照射するのが一般的ですが、胚芽腫という腫瘍は特に効果が現れ
  やすいため、それよりも少ない照射回数で治療できることがあります。
  なお、転移性脳腫瘍や神経鞘腫などの脳内の小さな良性腫瘍に対しては、ガンマナイフやリニアック
  という治療法が用いられます。

医療品の殺菌
  使い捨て医療衛生用品や金属製品は耐熱性や費用、時間の問題から、従来の殺菌方法では殺菌す
  ることができませんでした。そこで利用されるようになったのが放射線です。コバルト60からγ線を照
  射することで、今ま\で殺菌できなかったものまで殺菌できるようになりました。
  ダンボール箱に詰められた出荷前の状態でも殺菌が可能、減菌の信頼性が高い、工程管理が容易
  であるなどの利点から普及しつつあります。
  しかし、放射線を当てることで殺菌対象の着色、発臭、強度劣化などの欠点があるので、殺菌対象の
  材質や構造を変えたり放射線の種類や当て方を変えたりして対策がされています。


農業・漁業系


品種改良
  放射線を当てて意図的に遺伝子を傷つけることで突然変異を起こさせ、病気に強い品種や低い温度
  でも栽培できる品種などを作り出す技術です。
  実際に、イネ、大豆、梨、菊など様々な農作物に用いられています。
品種改良したキャベツ
ジャガイモの殺菌・発芽抑制
  放射線の殺菌作用を利用して行われています。
  放射線を利用して殺菌したジャガイモは放射能を持たず、デンプンやビタミンの量などに変化がない
  ことも確認されています。
  外国ではジャガイモ以外にも、玉葱やほうれん草、鳥肉などの様々な食品に利用されていますが、日
  本ではジャガイモの発芽を抑制するためという名目で、ジャガイモだけが許可されています。
  この処理は一定基準のもとで行われているため安全性が確認されていて、この処理を行ったジャガイ
  モにはその表示が義務付けられています。

不妊虫放飼法
  γ線を当てて生殖機能を破壊した害虫子孫を野外に放す害虫駆除の方法です。放たれた害虫は繁
  殖できないので、数世代ほどこの作業を繰り返すと害虫を根絶やしにすることができます。農薬や殺
  虫剤と違い、人体や環境に影響が出る危険や、害虫が薬に対して耐性を得る恐れもありません。
  実際に、ゴーヤを荒らすウリミバエを駆除するために沖縄で実施されています。

船底塗料(添加剤)
  船の底にフジツボなどの貝類や海藻がこびりつくのを防ぐために
  塗料を船底塗料といいます。リウム系列の元素から出る放射線は
  イオンを作り、微生物や海藻を寄せ付けません。
  一部の船底塗料には添加剤としてトリウム系列の放射性元素が含
  まれています。


工業系


材料加工
  高分子化合物(ゴムやプラスチック)を加工するときに放射線を当てると、分子間の結合がより強くな
  ります。つまり、伸びる、折れないなどの特製や耐熱性などが高まります。
  現代の工業製品には、化学繊維類や合成樹脂など多くの高分子化合物が用いられるているので、こ
  の加工を施したものが次々に生み出されています。
  例えば、放射線を当てて強度を高めた自動車のタイヤなどが開発されています。

非破壊検査
  放射線は透過作用や次第に弱まる性質を持っています。この性質を利用して、放射線は「非破壊検
  査(検査対象を破壊せずに行う、品質、状態の検査)」に利用されます。
  例として、ラジオグラフィーや厚さ計を紹介します。
    ○ラジオグラフィー:ラジオグラフィーは放射線を当てて物体の内部の写真を撮る手法です。仕組
                みはX線撮影と同じもので、PC用の部品や金属の溶接部などの小さな物か
                ら建築物などの大きな物まで、様々な物の検査ができます。
    ○厚さ計:厚さ計は、放射線を当てて物体の厚さを測る装置です。主に、均一の厚さを維持しなけ
          ればならない、紙やセロファン、アルミホイル、鉄板などの製造工場で利用されます。

ダイオキシンの減少
  ゴミを燃やしたときの不完全燃焼によってダイオキシンが発生することがあります。実は、放射線には
  このダイオキシンを分解する力があります。放射線でダイオキシンを分解する設備は、コンパクトな上
  に有害な窒素酸化物の除去も出来るので、利用の拡大が期待されています。

レアメタル等の資源探査
  工業的にハイテク製品などを生産するために必要不可欠な金属のことをレアメタルと言います。現
  在、レアメタル等の地中資源の鉱床は殆どが発見されており、その埋蔵量がいかに少ないかというこ
  とまで分かっています。そこで、地下の新たな鉱床を発見することが重要になっています。
  レアメタルなど、地下の情報を得るためにする物理探査や地化学探査の中でも放射線が使われま
  す。地上から放射線を使うことで、目的の元素やそれと科学的に似た性質をもった元素がどのくらい
  地中に含まれているかを推定することができます。


その他の分野


放射性炭素14同位体年代測定法
  空気中の二酸化炭素には炭素の放射性同位体である「炭素14」が含まれているものがあります。そ
  のため、ほとんどの生き物が光合成や食物連鎖を通して「炭素14」を取り込んでいます。
  「炭素14」は半減期が5730年の放射性物質です。生物が死ぬと体外から新しい炭素を取り入れること
  はできなくなるので、「炭素14」は時間が経つに連れて少なくなっていきます。
  放射性炭素14同位体年代測定法は、遺跡や試料に残っている「炭素14」の量を測定することで、試
  料が何千年ほど前のものなのかを知ることができます。

宇宙物質の元素分析
  隕石などの宇宙物質に放射線を照射すると、その中に含まれている元素によって異なる放射線が放
  出されます。放出された放射線の種類や量を測定することで、その宇宙物質の生成環境や生成条件
  を特定できます。その情報を調べることで、宇宙物質を破壊せずに起源を判別することが出来ます。

新薬の実験
  新薬を開発するとき、新薬を動物に投与して薬が体内でどのように動くかを調べる必要があります。
  このとき、薬品を構成する元素の一部を放射性同位体に置き換え、投与後の体内から放出された放
  射線を測定することで、薬品の様子や分布を確かめることが出来ます。