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登場人物別台詞集その3(8〜9章)

鳥捕り
車掌
燈台守
タダシ
青年
かおる子
信号手
年寄りらしい人

鳥捕り

鳥を捕る人

「ここへかけてもようございますか。」
「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」
「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」
「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」
「鶴や雁です。さぎも白鳥もです。」
「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」
「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴いてごらんなさい。」
「鶴ですか、それとも鷺ですか。」
「そいつはな、雑作ない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝って、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚をこういう風にして下りてくるところを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押えちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」
「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」
「おかしいも不審もありませんや。そら。」
「さあ、ごらんなさい。[#ちくま文庫「宮沢賢治全集7」では「、(読点)」]いまとって来たばかりです。」
「ね、そうでしょう。」
「ええ、毎日注文があります。しかし雁の方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がいいし、第一手数がありませんからな。そら。」
「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」
「どうです。すこしたべてごらんなさい。」
「も少しおあがりなさい。」
「いや、すてきなもんですよ。一昨日の第二限ころなんか、なぜ燈台の灯を、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方もなく細い大将へやれって、斯う云ってやりましたがね、はっは。」
「それはね、鷺を喰べるには、」
「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」
「そうそう、ここで降りなけぁ。」
「ああせいせいした。どうもからだに恰度合うほど稼いでいるくらい、いいことはありませんな。」
「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」
「ああ、遠くからですね。」

ジョバンニの切符

「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」
「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」
「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈でさあ、あなた方大したもんですね。」



車掌

ジョバンニの切符

「切符を拝見いたします。」
(あなた方のは?)
「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」
「よろしゅうございます。南十字へ着きますのは、次の第三時ころになります。」



燈台守

鳥を捕る人

「いや、商売ものを貰っちゃすみませんな。」
「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡り鳥の景気は。」



タダシ

ジョバンニの切符

「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」
「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」
「ああぼくいまお母さんの夢をみていたよ。お母さんがね立派な戸棚や本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」
「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」
「あれきっと双子のお星さまのお宮だよ。」
「ぼくも知ってらい。双子のお星さまが野原へ遊びにでてからすと喧嘩したんだろう。」
「それから彗星がギーギーフーギーギーフーて云って来たねえ。」
「いま海へ行ってらあ。」
「そうそう。ぼく知ってらあ、ぼくおはなししよう。」
「ケンタウル露をふらせ。」
「ボール投げなら僕決してはずさない。」
「僕も少し汽車へ乗ってるんだよ。」
「厭だい。僕もう少し汽車へ乗ってから行くんだい。」



青年

ジョバンニの切符

「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召されているのです。」
「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」
「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」
「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」
「いえ、氷山にぶっつかって船が沈みましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発ったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日のあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾きもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧が非常に深かったのです。ところがボートは左舷の方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫びました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈って呉れました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押しのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気のようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸もちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟してこの人たち二人を抱いて、浮べるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰が投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑ってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板の格子になったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二文字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄かに大きな音がして私たちは水に落ち[#ちくま文庫「宮沢賢治全集7」では「水に落ちました。」]もう渦に入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没くなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕いですばやく船からはなれていましたから。」
「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」
「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」
「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」
「その苹果がそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」
「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」
「いいえ、汽車を追ってるんじゃないんですよ。猟をするか踊るかしてるんですよ。」
「もうじきサウザンクロスです。おりる支度をして下さい。」
「ここでおりなけぁいけないのです。」
「あなたの神さまってどんな神さまですか。」
「ほんとうの神さまはもちろんたった一人です。」
「だからそうじゃありませんか。わたくしはあなた方がいまにそのほんとうの神さまの前にわたくしたちとお会いになることを祈ります。」
「さあもう支度はいいんですか。じきサウザンクロスですから。」
「さあ、下りるんですよ。」



かおる子

ジョバンニの切符

「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」
「まあ、あの烏。」
「ええたくさん居たわ。」
「ええ、三十疋ぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」
「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」
「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」
「新世界交響楽だわ。」
「走って来るわ、あら、走って来るわ。追いかけているんでしょう。」
「橋を架けるとこじゃないんでしょうか。」
「小さなお魚もいるんでしょうか。」
「あたし前になんべんもお母さんから聴いたわ。ちゃんと小さな水晶のお宮で二つならんでいるからきっとそうだわ。」
「そうじゃないわよ。あのね、天の川の岸にね、おっかさんお話なすったわ、……」
「いやだわたあちゃんそうじゃないわよ。それはべつの方だわ。」
「いけないわよ。もう海からあがっていらっしゃったのよ。」
「あら、蝎の火のことならあたし知ってるわ。」
「蝎がやけて死んだのよ。その火がいまでも燃えてるってあたし何べんもお父さんから聴いたわ。」
「ええ、蝎は虫よ。だけどいい虫だわ。」
「そうよ。だけどいい虫だわ、お父さん斯う云ったのよ。むかしのバルドラの野原に一ぴきの蝎がいて小さな虫やなんか殺してたべて生きていたんですって。するとある日いたちに見附かって食べられそうになったんですって。さそりは一生けん命遁げて遁げたけどとうとういたちに押えられそうになったわ、そのときいきなり前に井戸があってその中に落ちてしまったわ、もうどうしてもあがられないでさそりは溺れはじめたのよ。そのときさそりは斯う云ってお祈りしたというの、
 ああ、わたしはいままでいくつのものの命をとったかわからない、そしてその私がこんどいたちにとられようとしたときはあんなに一生けん命にげた。それでもとうとうこんなになってしまった。ああなんにもあてにならない。どうしてわたしはわたしのからだをだまっていたちに呉れてやらなかったろう。そしたらいたちも一日生きのびたろうに。どうか神さま。私の心をごらん下さい。こんなにむなしく命をすてずどうかこの次にはまことのみんなの幸のために私のからだをおつかい下さい。って云ったというの。そしたらいつか蝎はじぶんのからだがまっ赤なうつくしい火になって燃えてよるのやみを照らしているのを見たって。いまでも燃えてるってお父さん仰ったわ。ほんとうにあの火それだわ。」
「だけどあたしたちもうここで降りなけぁいけないのよ。ここ天上へ行くとこなんだから。」
「だっておっ母さんも行ってらっしゃるしそれに神さまが仰っしゃるんだわ。」
「あなたの神さまうその神さまよ。」
「じゃさよなら。」



信号手

ジョバンニの切符   「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」



年寄りらしい人

ジョバンニの切符

「ええ、ええ、もうこの辺はひどい高原ですから。」
「そうですか。川まではよほどありましょうかねえ、」(他の乗客の返答)
「とうもろこしだって棒で二尺も孔をあけておいてそこへ播かないと生えないんです。」
「ええええ河までは二千尺から六千尺あります。もうまるでひどい峡谷になっているんです。」
「あら、インデアンですよ。インデアンですよ。ごらんなさい。」
「ええ、もうこの辺から下りです。何せこんどは一ぺんにあの水面までおりて行くんですから容易じゃありません。この傾斜があるもんですから汽車は決して向うからこっちへは来ないんです。そら、もうだんだん早くなったでしょう。」






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