Q;弟子の方には厳しいそうですが。
A;先生は「教える人」ですから……あの人は何があったって厳しく感じるはずですよ、なにも知らないんだから。18で入ったって、学校で美術やってきたって、何も知らないと同じことなんですよ。本人は大真面目なんですよ。
教室へ入ってみると、一人のモデルを囲んでみんなで描いてるでしょ? みんな乱視かっていうんですよ。昔だったら、みんな同じはずですよ。ところが今は、佐藤忠良が裸になってるんだか、あなたが裸になってるんだかわからないようなのばっかりです、芸術家が多いから。それにこの頃は、先生が直すと「先生触らないでください!」なんていうのがいる。僕はわざと触るんです、気にくわないだろうけど、おれは触るからなっていって……自分は芸術やってるから触んないでくれっていうんですね。そういうのがいるらしいですよ。ぼくにはそんなこという奴はいないけど……ご先祖さんだと思ってるからだろうけど。
昔は、徒弟制度の時代は、そんなこといわないですよ。親方が「触るからな、悪く思うなよ」なんてやる親方なんていなかったでしょうよ。そんな中から、彫刻でも建築でも、永久に飽きないものが出てきてるっていうことですよ、徒弟制度で。
ぼくが見るところでは、院展が一番本物が多いですね。徒弟制度でもってやってるからね。ここ100年くらいのところを見ても、一番ちゃんとしてると思う、私の眼から見たところではね。人にもそういってます、私は。
ぼくはでも、徒弟制度を復活したほうがいいんじゃないかと、よくいったりするんですがね。あまりに乱れすぎちゃって……そういうと、何が基準で乱れてるっていうんだよ、っていう人がいるかも知らんけれどもね……さっきのお辞儀と同じでね。男同士ってのは気になってもね、すれ違っても……ぼくは向かいの奥さんとは挨拶をしますけど、旦那とは30何年間すれ違っても、一回も挨拶したことがないですよ。気にしてるんですよ、あれ。いまもう、できないんですよ、30何年経ってると。あんな細い道ですれ違ってね、知らんぷりして。これ、変なもんですよ。ぼくだけかもしれないけどね、向こうだって気にしてると思うよ。男って、そういうところがあるのね。
学生だってそうです。ぼくが見てやってると、反抗してるのか感心してるのかわかんないの、黙って見てるだけで。女の子はみんなひそひそ話したり、見たりしてるんですよ。ところが男はね……なんかいうと「別にぃ」なんていうだけでね。男ってそういう性格があるんですよね、照れ性というのか。 |
Q;古木の絵本を纏めていますね?
A;ああ、なんだか1月に出るそうです。なんだか恥ずかしいんだけどね。木で絵本作っちゃうなんて。この「大きなかぶ」ってのだけが有名なんですよ、ぼくはね。ぼくを知らなくても、この「大きなかぶ」知らない人はいないんですよ。 |
Q;子どもからの質問を想定して考えたのですが。まず「粘土を触った感じはどんなですか?」と聞かれたら……。
A;うーん……子どもがそう聞いてきたら、ってことですか? 今の子は粘土なんかいじってないからですか? いま学生でも、粘土いじったらアトピーになるのがいるそうですよ、いや、ほんとですよ。一人でも、そういう人がいるってのが驚きですよ。われわれの頃は裸足で道を歩いてて、膝を擦りむいたら赤チンつけて、いまそういうことはほとんどないでしょ? 大体土っていうものに触ること自体が、汚いっていう……朝晩風呂に入ってね、シャンプーして……そういう人が、粘土なんかいじるってことがね。
大学へ、彫刻科へ入るのは覚悟して入るでしょうけど、教職課程ってのがあるんですよ。週に何回か触って免状を貰うっていうらしいですがね、そういう人がアトピーになるんだそうですよ。 |
Q;触った感触が「どのような感じ」なのかを、簡単な言葉にすると、どうなりますか?
A;そういわれてもね、60何年使ってて意識したことがないからねえ、改めて質問されるとねえ……最初から覚悟していじったから別に不愉快でもなんでもなかったし、喜びだったですよね。ただ私は、彫刻と出会ったからね。その前は宮城県の山の中で、転んだり川へいって石ころ拾ったりね……どうだったかなあ。弱ったな。
今の子は、気持ち悪い人もいるかもしれませんよ。ウンコみたいなもんですからね、形からいってもね。ただ土は汚いって感じを持ってることは事実でしょうね、おそらく。ねちゃねちゃしてて、潔癖な育ち方をした子には気持ち悪いもんでしょうね、あれは。私は気持ちいいよ、そりゃ。でも責任感というか、うまくいくかなあって気持ちが先にたつなあ。あんたはどうだい?(笹戸さんに向かって) あらためて聞かれると困るなあ。 |
Q;それは、先生は気持ちいいと感じてるということですよね。
A;気持ちいいっていわれるとなあ、これでなんとかやってやるっていう、一つの素材になってるから……そんなに気持ちを分解して考えないなあ。 |
Q;反対に、気持ち悪い「触るもの」って何ですか?
A;何だろうね。ヘビ? でもあんなもの、しょっちゅう触るものじゃないだろう。
格好つけていえばね、粘土に触った瞬間に「これでおれは、モノができるんだなっていう快感に襲われる」なんていえばいいんでしょうがね。逃れるにはそれが一番いいんでしょうがね、そんなことはいいたくないしねえ。
じゃ文学者は鉛筆持って、「マス目を見ると心が躍る」なんてねえ、それと同じことになっちゃうからね。それでつまんないもの書いたりするからね。いっちゃえばそれは、いくらでも脚色できるわけだけど。気持ちいいっていうよりは、切ないほうが強いしなあ。 |
Q;「印象深い体験は絵に出る」これはどういうことなのか教えてください。
A;歌でも文学でも同じことですがね、自分が生きてきた生き様の中で、ぶつかり合って、ハッとするようなものがあった時でないと、書く気もしないし、歌う気もしないでしょうしね、その感度の度合いによっていかに表現するかっていうことですからね。なんの感動もなく、ほら描きなさいとか、描かなきゃいけないから描くっていう義務で描くのとは違う。教育の中では全部が絵が好きな子ばかりじゃないから、義務で描くこともありますけれどね。
それでも指導者ってのは、十人いれば十人全部でなくとも、ある程度ヒントを与えれば衝撃を受けて、感情的に衝動を受けることがあるもんですからね。指導者も大切だろうし。おっ何だかわからないけど絵にして形にして残しておこうと……巧い下手は別ものとしてね、あると思うんですよ。人間ってのは長いことやってると必ず巧くなるもんですよ。それよりも、対象に感動を受けるほうが重要だと思います。
あの感動をどういう風に表現しようかなというのは、子どもは子どもなりにきっとあるはずですから。そのことですよ。 |