錯誤行為の意味


ここで、一番多く起こるいい間違いのうちの例として、言おうとしていることの反対のことを言ってしまう場合について考えて見ましょう。

あるところに、一人の衆議院議員がいます。しかも、彼は議長です。
ある日のこと、議長は議会の開会を宣言する際に、「閉会を宣言します。」と言ってしまいました。

この場合の言い間違いは発音や言葉などが似ているからというわけではありません。
開会閉会はお互いに反対の意味を持ちます。そのように対立しあうことによってお互いに強い親近性を持ちます。そのため、心理的に思いつきやすいのです。ですからこの場合は、こちらの要素によっていい違いが起こったと考えられます。

もう少し、彼が言い違いをしてしまった背景についてて調べてみることにしましょう。

会議、上手く進むはずないから早く終わらないかなぁ…。出来ればすぐ閉会したいなぁ…。


と、議長が考えていたとしたら間違って言った言葉にしても、その背景には色々な意味が隠されていると言うことがいえないでしょうか?
したがってフロイトは、

 

錯誤行為は本人が意図した行為の代わりに現れたから「理解できない行動」になってしまうだけで、本来はそれ自身目的を持った正直でまともな心的行為である。
そして、それには多くの意味内容を持つ表現である。

 

と主張しました。