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近畿大学研究所見学

世界で初めてマグロ(クロマグロ)の完全養殖に成功した近畿大学の大島実験場に伺い、マグロの養殖場を見学させていただきました。(見学日:2022年7月24日)
マグロの完全養殖は、どのように行われているのでしょうか?

早速見ていきましょう!


完全養殖

完全養殖とは、『 取り組み → 養殖とは』のページでも説明したように、養殖した成魚から採卵した卵をふ化させ、成魚に育てるというサイクルを半永久的に持続させる循環型の養殖のことです。

完全養殖は、天然資源を使用しないため、限られた天然資源を保護し回復させていくことが可能な手法です。
現在は、捕獲したマグロの稚魚からの養殖が広く行われています。今後とも豊かな海を維持していくためには、完全養殖のさらなる普及が期待されます。



クロマグロの完全養殖研究の歴史

1970年
クロマグロの完全養殖に向けた研究を開始
水産庁が行った「マグロ類養殖技術開発試験」の試験担当機関のひとつとして近畿大学が選ばれ、開始された。このプロジェクトが開始された1970年のマグロの漁獲量は、日本では戦後右肩上がりだったところで高止まりしており、世界では効率的なまき網漁が大規模に行われるようになり総漁獲量が伸び続けていた。このような背景で日本のマグロ漁業の将来を懸念する声が聞かれるようになった。

1979年6月20日
産卵が確認され、受精卵を得ることに成功
1974年に収容された5歳魚60尾(体重70㎏ほど)が、直径30 m深さ7 mの円柱型の網の生簀のなかで、海面が渦を巻くほど円を描いて泳ぎ、産卵しているのが世界で初めて観察された。そして、大量の受精卵を得ることに成功した。ふ化した受精卵を用いて飼育が行われたが、まだ飼育方法や稚魚のエサなどの知見に乏しかったため、47日で全長59.4 ㎜までの飼育で終わってしまった。

1983年
以降、産卵する親魚が観察されなくなる

1994年
7歳魚で産卵が再び確認された

1995、1996年
全長30㎝体重300 gの幼魚まで成長
1995年は648尾、1996年は287尾を全長30 ㎝体重300 gの幼魚まで育てることに成功した。

2002年7月6日
世界初、クロマグロの完全養殖が成功
1995、1996年生まれの人工7歳魚6尾、6歳魚14尾の合計20尾が親魚として産卵し、完全養殖を達成した。

2004年
完全養殖クロマグロが出荷
2002年に産卵され飼育された子供が完全養殖クロマグロとして初出荷された。

クロマグロの養殖プロジェクトは、前代未聞の難しい挑戦でした。
マグロが11年間産卵しなくなるなど予想外のスランプもありながら32年に渡る研究の成功には、とても感動しました。

大島実験場の立地

大島実験場は、紀伊半島の南端部にあります。海の上にある道路が防波堤の役割を担っており、内湾になっています。そのため、10 mを超えるような巨大な波が来ない限り、台風の影響による被害も受けにくくなっています。水温が高く水質が良いため、マグロの養殖に適しています。



生簀いけす

マグロの生簀には、円柱型のものが使用されています。マグロ以外の養殖魚(トラフグなど)の生簀は四角柱のものが使用されているそうです。近畿大学のマグロ養殖に用いられる生簀は、直径は30 m、深さは15 mとなっています。また、企業の生簀には直径が50~100 mになる巨大なものもあるようです。

生簀の中で、円を描くようにグルグルと泳いでいます。マグロは、口を開けて泳ぐことで自然とエラに水流が当たることで、エラに新鮮な酸素を取り込んでいます(ラム換水法)。泳ぎを止めるとエラに酸素を取り込めなくなり、最悪、窒息死してしまいます。そのため、マグロは一生ずっと泳いでいます。



完全養殖の流れ

卵の回収

水温が25℃に近づくとマグロは産卵すると言われています。大島実験場では、6~8月が産卵のシーズンになります。4、5月に産卵を行う天然のマグロよりもやや遅くなります。生簀の中では、1尾のメスを数尾のオスが追いかけて円を描くように泳ぎながら産卵を行います。メスが放卵し、追いかけるオスが放精するため、水中で受精されます。卵は自然に水面に浮くので、ネットですくい回収するそうです。



幼魚の飼育

仔魚(孵化してヒレが完成するまでの魚の幼生)から幼魚(孵化から約20日後)の種苗生産は、完全養殖の根幹となる技術です。生まれたばかりの仔魚は、水槽の底で沈んで死ぬ沈降死と水面に浮かんで死ぬ浮上死が多く、水面の表層に油膜を作って浮上死を、エアレーションを調節して沈降死を防いでいます。また、仔魚から稚魚と変化する孵化後20日ごろには共食いの発生など、様々な問題や難しいポイントがいくつもあるため、一番大変な工程の一つであるそうです。



沖出し

陸上水槽から海上の生簀に放養することです。ふ化後1ヶ月を過ぎた7月ごろに行われます。しかしこの工程でも、木・発泡スチロールの誤飲やストレスなどから沖出しした稚魚のうち30%が死んでしまうそうです。



成長とエサ



卵から稚魚、若魚

卵、稚魚、若魚への成長の様子です。
直径1㎜前後の卵から生まれた仔魚は、1ヶ月ほどで5 ㎝程に成長し(稚魚)、200日(7か月弱)で50 ㎝程まで成長します(若魚)。
一番左の写真:卵、全長 1 mm
一番右の写真:生後200日、全長51.6 cm、体重2,484 g

写真は、近畿大学に保存されている誤飲やストレスなどで死んでしまったクロマグロの標本です。


エサは成長に合わせて、シオミズツボワムシ(動物プランクトン)、アルテミア(カニ・エビ類)の幼生、イシダイの孵化仔魚を与えています。



成魚

1歳(昨年の7月に沖だし)


体重3 kg、体長 50 cm(人間の新生児と同じような大きさ)
一つの生簀の中で約1000匹存在している
 

4歳


体重70~80 kg、体長1.7 m(人間の成人男性と同じような大きさ)
近畿大学では、3~4歳のマグロをレストランなどに出荷している
 
 

近畿大学の養殖では、「配合飼料」を使用しています。金魚のエサの大きいものというイメージです。エサの大きさもマグロの成長によって変わるため、生簀ごとに異なります。配合飼料には、アジやイワシの魚粉に加え、ビタミンなどの栄養素が含まれています。

マグロは、体重の3%くらいを1日で食べます。そのため、マグロの養殖には莫大な量のエサが必要です。出荷までに最終的に必要なエサの量は、マグロ1 kgあたり15 kgといわれ、つまり、出荷サイズの70~80 kgに育てるには、1 t以上のエサが必要という計算になります!
近畿大学では、元々アジやイワシの冷凍したものをエサとしていたそうですが、現在は、管理の困難さや食中毒の発生、残餌による水質汚染などの問題から、稚魚を除いて配合飼料をマグロに与えています。


出荷


完全養殖クロマグロは、生まれてから3~4年で出荷されます。
また、近畿大学の完全養殖クロマグロは出荷される際、「卒業証書」をもらっているそうです。

大学ならではで、おしゃれですよね!



生まれた卵から何割が出荷される?

卵から孵化した稚魚の内、約10%が「沖だし」に至ります。稚魚は環境の影響を受けやすく、共食いもするため、稚魚を育てるのはとても難しいそうです。稚魚を育てる工程の成功は、完全養殖の実現に繋がりました。

また、沖だしの工程後でも、木・発泡スチロールの誤飲やストレスなどから、その30%が減ってしまいます。その後も生簀への衝突死や台風などの影響により、少しずつ死んでしまう個体がいるそうです。実は、マグロはとてもデリケートな魚なのです。
最終的に、卵から出荷に至るのは、全体の1~2%だそうです。

マグロ以外の完全養殖

完全養殖が難しい魚で、近畿大学で今取り組んでいる魚には、ニホンウナギ(完全養殖は達成されているが、大量に生産することが難しい)、マアナゴ(資源量が減っているがまだ完全養殖は達成されていない)があるそうです。
ブリ、カンパチは、完全養殖は達成されているものの、養殖産業では野生の稚魚・幼魚の使用が多く、完全養殖に置き換わっていません。



近畿大学のマグロは全身トロ!?

近畿大学の養殖マグロは、天然のものよりも脂質が多く、全身トロと言われています。実際には、全身中トロくらいですが、なぜでしょうか。

理由は主に2つ
・エサ:天然のマグロが通常得ているエサより脂質成分が少し多めに含まれている。
・運動量:生簀の広さの問題などから運動量が少なめ。天然のマグロは日本とアメリカ(カリフォルニア)を往復、つまり太平洋を横断します。

養殖魚が天然魚よりも油がのっているのは、マグロに限らず、アユなどでも同じようなことが見られます。

潮岬観光タワーで近大マグロ丼を頂きました。身は柔らかく、とても美味しかったです。



先生からのコメント

大島実験場を案内して頂いた近畿大学水産研究所大島実験場の阿川泰夫先生に、今後の持続可能な海についてのご意見をお聞きしました。

限りある水産資源を無駄なく消費し、また適切に養殖で増やしながら利用しなくてはなりません。飼育困難な魚類の養殖は成功しつつあります。しかし、ここ数年の海の状況は楽観視出来ません。これまでに無い高温海水が紀伊半島へ接岸し(稚魚、親魚にも悪影響で、温度によっては死滅します)、過去3年間ウイルスによる病害で多くのアコヤ貝が失われましたが、このような例は近年沢山有ります。

養殖で魚介類を生産できても、養殖海域の異変によって育てられないことは、避けなくてはなりません。健全な海洋を維持するにはどうしたら良いか、誰もが真剣に考えなくてはならない時代になりました。未来の世代に健全な海を残す努力が必要です。





マグロクイズ (7)


マグロを県の魚に指定している県はどの県?(答えを選んでクリックしてみよう)

静岡県 不正解!

県の魚には指定されていませんが、マグロの漁獲量は日本一です。
青森県 不正解!

県の魚には指定されていませんが、大間のマグロが有名です。
和歌山県 正解!

大島実験場がある和歌山県は、なんとマグロを県の魚に指定しています。
昭和62年に県民投票で決めたそうです。


参考資料

近畿大学水産研究所
  https://www.flku.jp/info/ohsima/index.html

世界初!マグロの完全養殖
  出版社:化学同人
  著:林宏樹

究極のクロマグロ完全養殖物語
  出版社:日経BPマーケティング(日本経済新聞出版)
  著:熊井英水

トコトンやさしい養殖の本
  出版社:日刊工業新聞社
  編:近畿大学水産研究所





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