いじめ

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いじめというのは、時々(ときどき)悪口(わるぐち)やプロレスごっこと間違(まちが)えられる。 どうやってこれがいじめかを考(かんが)えるかというと、やられているほうがいじめだと思(おも)っているか思(おも)っていないかなんだ。 いじめられている人(ひと)、いじめている人(ひと)、見(み)ている人(ひと)の3つがいるけど、 いじめている人(ひと)と見(み)ている人(ひと)はどちらも「いじめている」んだ。 だって、見(み)ている人(ひと)は、きっと「言(い)うほどのことじゃない」「言(い)っても解決(かいけつ)しない(例(たと)えば、いじめっ子(こ)が強(つよ)い)」「自分(じぶん)には関係無(かんけいな)い」と思(おも)っているんだろうけど、 見(み)ている人(ひと)が一番(いちばん)大切(たいせつ)なんだよ。 いじめられている人(ひと)は、一人(ひとり)になってしまって、とてもさびしいんだ。 いじめられている人(ひと)が自分(じぶん)で死(し)ぬこともあるけど、 それは、いじめられている人(ひと)が、話(はな)ができる相手(あいて)がいなくなってしまったからなんだ。 確(たし)かに、いじめられている人(ひと)も少しは問題(もんだい)があるかもしれない。 でも、いじめられている人(ひと)と、いじめている人(ひと)、どっちが悪(わる)いかといえばいじめている人(ひと)でしょ。 見(み)ている人(ひと)が行動(こうどう)を起(お)こすか起(お)こさないかが、いじめが無(な)くなるか無(な)くならないかで大切(たいせつ)なんだ。 学校(がっこう)でも、道徳(どうとく)の時間(じかん)に、劇(げき)をして、「ここまでがいじめ」「これはいじめじゃないんじゃない」など、例(れい)を出(だ)しながら、みんなで意見(いけん)を出(だ)し合(あ)おうよ。

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