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十八歳で美術を志し、二十二歳で初めて粘土を手にして彫刻に身を投じたのだったが、この原始的な作業の周囲にも便利ともいえる表現作業が広がり出し、このことを一概に疎外するべきではないかも知れないが、今どき私どものやっている彫刻作業ほど原始的な作業はだんだん少なくなっているかも知れない。
自分の貧しい体験ながら七十年に近い私の彫刻作業で思い知らされたことは、チラチラと眼の前を過ぎる便利さに眼と手が奪われながら作品らしくなり終えることである。
ともあれ、私たちが今も生物であることに変わりは無いのだから、その生物としての触覚感が便利さのために希薄になりつつあることを自分の仕事と思い併せるこのごろである。
爺さんの呟きになるのかも知れないけれども、次の世代への願いはもっと生物の原点に立って、身体をいじめながらものごとに立ち向い、失敗毎に足を踏み直して恥をかき、汗を流しながら何度もやり直してみることが、確信への一歩になってくれることを伝えたい思いである。 |
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