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実は彫刻っていうのは、見たことはありますが触れていいものだってことはあまり知らなくて。それで、触ってくれっていわれて。
想像したよりも、ものすごく冷たい感じがするんですね。なんていうのか、冷たいんだけど、人の体を触ってるっていうのか……私にも子供がいますが、ちょうどこいつと同じくらいの。なんかその、子どもを触っている温かさを感じるんです。すごく、触り心地がいい。ずうっとこうやって触っていたいっていう……。子供ですらそうなんですから、これが、成熟した女性の彫刻だったら、もっとこう頬をすり寄せたくなるんじゃないかっていう、そんな気分になるんじゃないかと思いますが。
私は落語家ですけれども映画を4本監督していて、これを見て一番最初になにをピンと感じたかっていうと、人間だけど色がついてないじゃないですか。映画初期の、昔の白黒映画と同じ感じがするんですよ。色がついてないんだが、ついてないだけにイマジネーションが湧いてくる。これが面白い。
この帽子が赤にも見えてきたり、この洋服が水色なんじゃないかなとか、いろんなイマジネーションが湧いてくるっていう、そんなすごさが彫刻の中にはあるって気がしますね。ええ。
映画の話はさておいて、落語家ですから落語の話をすると、落語は話芸ですから、語るのにものすごくリズムっていうのが必要になります。リズムがないと、これは音楽も同じでしょうけど、まったく鑑賞にたえないようなものになってしまう。こうやって触っていくと……普通の、例えばお地蔵さんかなんかだと、あまりお地蔵さんを撫でる人はいないでしょうけど、上から下まですうーっと降りていくだけで。この彫刻の場合は、ほんとになんか、体全体にリズムがあるような……さっきからずっと撫で回してますけどねえ。これ彫刻じゃなかったら、ちょっとアブない叔父さんですけど。
すごくリズム感がありますよ、触ってて。ものすごく手のひらに感じます。ふだん皆さん、あまり彫刻って触ることがないでしょうけど、触ってみるとすごく音楽を聴いてるような、すごく心地いいリズムがあるんですね〜。で、あんまり「触ってください触ってください」って言うと、これから彫刻のあるところでお客さんがみんな、こうやって触るようになっちゃって。いい光景というより、不思議な光景になっちゃうかもしれませんけど。
とにかくそんな落語とか音楽に通ずるような「リズム」を、ものすごく感じますね。お腹の丸みだとか、全体から。なにかいろんなことを訴えてるような。この子はなにを考えてるんだろうかとか、この悲しい顔は、いったいなにを見て悲しんでるんだろうかとか、なんでパンツをはいてないのかとか、そこら辺の理由はちょっと私にはわからないです。これは実際に造った忠良先生がこうだって話してくれて、それをひとつの指針とし、もしかしたらこの子がなにを考えてるか、なんでこんな悲しい顔をしてるのか。ぽつんと一人下を見つめてるのかってことがわかるかもしれない。そこいらが、もしかしたら彫刻のわかりずらいところかもしれないですね。
絵だと、いろんなところに背景があったり、いろんな人が出てきたりっていう、そんな物語が見えてくるんですが。彫刻の場合は、その物語が見えてこない。もしかしたらそれは、勝手に見る人が想像してくださいと。この子をわが子だと捉えてもいい、あるいは他人の子が悲しんでるように客観的に見てもいい、と。それを自由に選ばしてくれるのが、彫刻の良さなのかもしれません。
デジタル絵本「忠良せんせいと僕」を見たあとですから、このような感慨が生まれるんでしょうね。やはり実際に触れてみることや、作者の創造的な思いを少しでも入れておくと、自らのイマジネーションも膨らむのだな〜ということが解ります。まあ、でも……連れて帰りたいくらいだな、これ「二歳」。 |
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