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■九章 「ジョバンニの切符」
「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈でさあ、あなた方大したもんですね。」
●鳥捕りが、ジョバンニの切符を見て感心して言った言葉。ちなみにその切符とは、いちめん黒い唐草のような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものが書いてある、四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑色の紙のこと。カムパネルラの切符は鼠いろだった。
「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれをまた畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。
●自覚がないのにいつのまにか持っていた切符を、鳥捕りが感心したように見るため、きまりが悪いと感じている。
「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。
「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕はどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」
「ああ、僕もそう思っているよ。」
「僕はあの人が邪魔なような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。
●ジョバンニは、鳥捕りが急にいなくなってしまった事に対して、それまで親身になってやらなかった事への後悔と、鳥捕りへの気の毒な思いを感じている。
「何だか苹果の匂がする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」
●カムパネルラの台詞。この台詞により、鳥捕りがメインだった場面から唐突に場面が変わる。
「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」
●黒衣の青年がよろこびにかがやきながら、姉弟に向けて言った言葉。青年が自分の死を理解している事を感じさせると共に、銀河鉄道が死者の乗る鉄道だという事を暗示している。
「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」
●燈台守のなぐさめに答えて、青年が祈るように言った言葉。
「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」
●ジョバンニが、かおる子とばかり話しているカムパネルラに向かってこわい顔をして言おうとした言葉。カムパネルラをかおる子に取られたような、かなしい気持ちから。
(どうして僕はこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)
●カムパネルラへの愛着から、罪も無いかおる子に対する嫉妬がジョバンニの内面に起こり、その感情を鎮めようと努力している。
(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談しているし僕はほんとうにつらいなあ。)
●カムパネルラとかおる子が楽しそうに話しているのをジョバンニが面白く思っていない事がよくわかる文。カムパネルラと二人で旅をしてきたジョバンニにとって、自分だけのものだと思っていたカムパネルラを取られた気持ち。第三者が自分たちの間に入るのを許せず、女の子と楽しそうに話すカムパネルラを見て悲しく思っている。
(こんなしずかないいとこで僕はどうしてもっと愉快になれないだろう。どうしてこんなにひとりさびしいのだろう。けれどもカムパネルラなんかあんまりひどい、僕といっしょに汽車に乗っていながらまるであんな女の子とばかり談しているんだもの。僕はほんとうにつらい。)
●みんながやさしい夢を見ているような気持ちの中、ひとりさびしく悲しい気持ちでいるジョバンニの自問。
「空の工兵大隊だ。どうだ、鱒やなんかがまるでこんなになってはねあげられたねえ。僕こんな愉快な旅はしたことない。いいねえ。」
●発破を聞いてこおどりしたジョバンニが、大きな鮭や鱒を見てすっかり気持ちが軽くなって言った言葉。カムパネルラとの確執はすっかり消えている。
「あれは何の火だろう。あんな赤く光る火は何を燃やせばできるんだろう。」
●俄かに見えた、ルビーよりも赤くすきとおり、リチウムよりもうつくしく燃える蝎の火を見てジョバンニが言った言葉。
「蝎がやけて死んだのよ。その火がいまでも燃えてるってあたし何べんもお父さんから聴いたわ。」
●かおる子がジョバンニに向けて言った言葉。
「ケンタウル露をふらせ。」
●クリスマスツリーのような、まっ青な唐檜かもみの木に付いたたくさんの豆電燈を見て、それまで寝ていた男の子が突然叫んだ言葉。カムパネルラは、その台詞によりここがケンタウルの村だということに気付く。
「僕たちと一緒に乗って行こう。僕たちどこまでだって行ける切符持ってるんだ。」
●サウザンクロスで降りなくてはいけない青年と姉弟に向かって、ジョバンニがこらえ切れず言った言葉。姉弟の、降りたくなさそうな態度を受けての発言。
「天上へなんか行かなくたっていいじゃないか。ぼくたちここで天上よりももっといいとこをこさえなけぁいけないって僕の先生が云ったよ。」
●ジョバンニの発言。二人は宗教、思想の違いからわかりあえない。
「だっておっ母さんも行ってらっしゃるしそれに神さまが仰っしゃるんだわ。」
●前の発言を受けての女の子の発言。ジョバンニとわかりあえない。
「あなたの神さまってどんな神さまですか。」青年は笑いながら云いました。
「ぼくほんとうはよく知りません、けれどもそんなんでなしにほんとうのたった一人の神さまです。」
●姉弟を行かせたくなくて、ジョバンニが言った言葉。宗教、思想の違いから最後まで姉弟たちとわかりあえなかった。
「さよなら。」
●それまであんなに嫌っていた女の子たちとの別れを惜しみ、泣きそうになりながらわざとぶっきらぼうに言ったジョバンニの言葉。
「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。」
「うん。僕だってそうだ。」カムパネルラの眼にはきれいな涙がうかんでいました。
●カムパネルラとジョバンニが、銀河鉄道の乗車を通して精神的に成長した事をうかがわせる台詞。
「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。」ジョバンニが云いました。
「僕わからない。」カムパネルラがぼんやり云いました。
●みんなのためにほんとうのさいわいを探したいと思いつつも、ほんとうのさいわいとは何なのかわからないカムパネルラとジョバンニの台詞。
「僕もうあんな大きな暗の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行こう。」
●ジョバンニの台詞。カムパネルラと共に、みんなのほんとうのさいわいを探しに行こうという決意の現われ。
「ああきっと行くよ。ああ、あすこの野原はなんてきれいだろう。みんな集ってるねえ。あすこがほんとうの天上なんだ。あっあすこにいるのぼくのお母さんだよ。」
●カムパネルラの台詞。カムパネルラのお母さんは既に亡くなっており、視線の先は目指す天上である。
「カムパネルラ、僕たち一緒に行こうねえ。」ジョバンニが斯う云いながらふりかえって見ましたらそのいままでカムパネルラの座っていた席にもうカムパネルラの形は見えずただ黒いびろうどばかりひかっていました。
●カムパネルラに向かって一緒に行こうとジョバンニが再び念を押す台詞。しかし、振り返ると唐突にカムパネルラがいない事に気付く。ジョバンニは絶望し、叫び、咽喉いっぱいに泣き出す。
「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」
●カムパネルラと一緒にいたマルソの言葉。
「もう駄目です。落ちてから四十五分たちましたから。」
●カムパネルラの父、博士がきっぱりと言った言葉。息子の死を冷静に受け止めている。
「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅れたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」
●博士の言葉。ジョバンニの父が帰ってくる事を知らせると共に、あした放課後にカムパネルラの葬式を行うことを暗示している。