睡眠薬について

『睡眠薬』というと、危ないもの、という印象を持っている人もいるかもしれません。 しかし現代の睡眠薬は非常に安全なもので、アルコールなどを飲んで眠れる様にするより睡眠薬を用いたほうが問題は少ないと言えます。 眠るための薬としては古来よりカノコソウなどが用いられてきましたが、これらの効果は限定的なものでした。睡眠を促進するための合成薬が出来たのは1903年のことで、バルビツール酸薬剤であるバルビツールが初めて合成されました。1912年にはフェノバルビタールが使われる様になり、その効果が認められました。その後、多くのバルビツール酸系の睡眠薬が市販される様になりましたが、そのうちバルビツール酸の欠点として、依存を生じることと、治療量と致死量の幅(安全域)が狭いことがわかってきました。

バルビツール酸は、塩素チャネル受容体複合体のバルビツール酸結合部位に作用します。作用は脳の神経細胞に幅広く存在する塩素チャネル(塩化物イオンを通す穴)の開口時間を延長し、神経細胞の外にある塩素イオンを細胞内に流入させることです。塩化物イオンの流入によって細胞が活動しにくくなることが眠気につながります。バルビツール酸の作用機序は直接的に塩素チャネルの開口に繋がるので、大量に服用すると細胞内が過剰にマイナスに傾きすぎて、呼吸抑制なども起こってしまい、危険な面がある薬物です。

このようなバルビツール酸の問題点を克服した睡眠薬がベンゾジアゼピン系睡眠薬です。ベンゾジアゼピン系睡眠薬は、1960年代に開発された新しい睡眠薬で、最大の特徴はそれまでのバルビツール酸と比較して安全域が広いことです。ベンゾジアゼピンの作用部位は、やはり塩素チャネル受容体複合体ですが、ベンゾジアゼピン単体ではイオンチャネルに対しての作用はありません。ベンゾジアゼピンは本来塩素チャネルを開口させる体内に存在する物質であるGABA(ガンマアミノ酪酸)の結合親和性を高めます。これによって、もともとあるGABAがより効果的にイオンチャネルに作用します。

GABAはもともと体内にある物質なので、ベンゾジアゼピンを大量に摂取しても作用の限界があり、バルビツール酸のように少量で致死量に至ることはなく、安全性の広い薬剤としての特徴を持っています。

ベンゾジアゼピンが作用する受容体にはω1とω2の二種類がありますが、ω1は眠気や鎮静作用、ω2は抗不安作用と筋弛緩作用を生じさせます。従って、一般のベンゾジアゼピン系睡眠薬双方に作用するので、筋弛緩作用のメカニズムからふらつきなどの副作用が起きることがあります。この点を改良したのがノンベンゾジアゼピン系睡眠薬です。ノンベンゾジアゼピンといってもベンゾジアゼピン以外の、という意味ではなく、ベンゾジアゼピンの構造ではないがベンゾジアゼピン受容体に作用する薬剤というような意味合いです。 これらの睡眠薬はω1受容体に特異的に作用するふらつきなどの副作用が少ないという特徴があります。

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