インド
インドは、約13.8億人の人口を誇る共和制国家で、有権者の人口は約9億人にも上ります。行われる総選挙は、「世界で最大の直接選挙」といわれることもあり、その規模は他国での選挙とは比較になりません。インドでの全国規模の主要政党は「インド国民会議派(INC)」と「インド人民党(BJP)」です。INCは現在野党で、反イギリス独立運動を主導し、独立した後も政治の中心となってきましたが、1990年代以降は衰勢が続いています。現在の与党であるBJPは、ヒンドゥー教徒を主な支持基盤とする右派政党でモディ首相が党首を務めています。2019年に行われた下院総選挙では、与党・BJPが野党連合と対決しましたが、BJPが議席を増やす結果となり、政権を維持することとなりました。投票率は約67%で、およそ6億人が投票をしたことになります。
インドの政治・選挙制度
インドは、イギリスや日本と同じく、議院内閣制を取り入れています。国家元首として、大統領が、連邦議会(上下両院)議員と州議会議員による選挙によって選ばれます。しかし、政治の実権を持つのは内閣で、大統領の存在は儀礼的・象徴的なものとなっており、権限も形式的なものしかありません。
連邦議会は上院と下院による二院制で、定数は上院が250議席、下院が545議席です。上院議員は国民による直接選挙では選出されず、各州議会議員からの選挙での選出された議員と大統領の任命した12人で構成されています。下院議員は、大統領による任命で「インド人とイギリス人との間に生まれた子孫」から選ばれる2議席を除いて、国民による直接選挙によって選出されます。下院は上院に対する優越権が認められており、任期は5年で、解散制度もあります。選挙権は18歳以上、被選挙権は25歳以上のインド国民に与えられています。
下院選挙では、小選挙区制が導入されており、先述した大統領の任命による2議席を除いた543選挙区での選挙が行われます。うち84選挙区は指定カースト、すなわちカースト制度のもとでの被差別者であった人々、47選挙区は指定部族に割り当てられています。
前述の通り、インドでの選挙は大規模であるため、日本のように1日の投票日で即日開票とはなりません。2014年に行われた総選挙では、4月7日から5月12日までの1ヶ月以上の期間で投票が行われました。投票日は地域ごとによって定められ、その地域の会社は原則休みとなります。居住地と勤務地の投票日が異なる場合は、選挙のために時間休をとることが認められています。不在者投票制度はなく、当日は居住地の投票所でのみ投票できます
投票方式
2018年の時点で、インドでの15歳以上の識字率は約74%と決して高い水準であるとはいえません。そうした状況を踏まえ、不正投票の防止や集計の効率化も図るため、インドでは2004年から電子投票機(Electronic Voting Machine, EVM)が本格導入されています。EVMでは、政党名とそのシンボルマークに対応したボタンを押して投票するようになっており、マークを覚えることで、非識字者であって投票ができるようになっています。インド国民会議派(INC)は「手」、インド人民党(BJP)は「蓮」がシンボルマークとなっています。EVMは、集計の迅速化にも役立っており、2014年の選挙ではおおよそ1日から2日で開票が済みました。
インドには、戸籍や住民票が日本のようにしっかりとしていないため、他人になりすました何度も投票する人が少なくありませんでした。そこで、現在では顔写真付きのIDカードのチェックに加えて、特殊なインクを指先につけることで投票済みであると判別できるようにする工夫が行われています。このインクは、手を洗っても2週間から3週間は落ちることはないようになっています。このインクは主に人差し指の爪付近につけられることから、人差し指を立てて、インクがつけられた箇所を見せるポーズが、インドでは「投票をした」ということをしめすものとなっています。
大規模な選挙活動
インドの選挙活動は、日本のような細かい規則はなく自由で、各党は色々な選挙運動を展開しています。インドでは、先述した政党のシンボルマークを前面に出して繰り広げられるのが一般的です。他にも支持者の人型のプラカードやお面など、さまざまな道具を用いて活動をしています。集会も派手なものが多く、パレードでは音楽隊や、政党カラーにペイントされた自転車、山車や馬車などが参加することもあります。政党の宣伝グッズを配ることは規制されておらず、中位カースト出身で父親と露天でチャイを売っていた経験もあるモディ首相は、選挙キャンペーンの一環として、支持者らがチャイを配るといったこともありました。 インドは国土も広大なため、党首クラスになると集会所をヘリコプターで移動するといったこともあります。
インドでの選挙への意識
NHKによると、インドでの選挙への関心は高く、これは選挙によって社会を変えてきた経験からであるとされています。インドでは、長年上位カーストの人々による政治権力の掌握が続いてきましたが、近年では中位・下位カーストの人でも政治の舞台に立てるようになってきています。こうしたカーストの人々が、団結して選挙を戦うことによって、カースト制度による制約が弱まり、社会がより平等になっていったとされています。このように、インドでは、多くの有権者に、投票が明日の生活の根本に大きく関わっているという意識があり、「自分の1票ではどうせ変わらない」といった考えがされにくいとされています。
このように、インドでは、自らの手で社会を変えてきたという意識が国民の中にもあり、政治と国民の距離が近く、独自の選挙文化があります。
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