エストニア
エストニアは、旧ソ連の加盟国で、ヨーロッパ北東部に位置するバルト三国の一国です。2004年には北大西洋条約機構(NATO)、欧州連合(EU)に加盟しました。2010年には経済協力開発機構(OECD)に加盟し、国際的に先進国と認められています。その一方で、民主化を果たしたのは1990年代であり、後発民主主義国でもあります。
政治・選挙制度
エストニアの政治制度は、議院内閣制を導入しています。大統領は象徴として存在し、間接選挙によって選出されます。議会は一院制で、議席定数は101議席です。選挙では、比例代表的な複雑な方法によって、議席数が分配されます。選挙権は地方議会で16歳、国政選挙で18歳から認められており、被選挙権は地方議会で18歳、国政選挙で21差異から認められています。
選挙では、選挙区に出馬している政党名簿の中から、特定の候補者に投票をし、その票が候補者個人とその所属政党の得票になります。そして、その票をもとに以下の方法で、議席数が分配されます。
①全国的に顕著な支持を得た候補者が当選します。基準は、有権者数の101分の1の得票です。
②各選挙区で、ヘア基数方式によって議席を分配し、基数の10%以上を得票した候補者を対象に、得票が多い順に候補者を当選させます。
③残った議席を、全国レベルで、修正ドント方式によって各党に票を分配して当が提出した全国名簿順に当選者が確定します。
このようなシステムにすることによって、比例代表的な仕組みでありつつも有権者がどの候補者を当選させるかを選ぶことができるようになっています。しかし、①の段階で当選する候補者は少なく、ほとんどの場合②か③で当選します。そのため、最終的には党としての得票数が重要になってきます。③では党の意向によって名簿内での当選順が決定するため、候補者の多くは党内での力学に左右されることになります。
選挙戦は、政党単位で行われることが多いです。資金力の差によって選挙結果が左右されないよう、選挙期間中は莫大な費用のかかる屋外広告の掲示が禁止されています。選挙期間外の掲示は禁止されていません。メディアでの広告や戸別訪問、集会は選挙期間かどうかにかかわらず、禁止されていないため、テレビCMや雑誌・タブロイド紙への広告、ワークショップのような政治宣伝などが行われます。
インターネット投票を導入
エストニアでは、従来の投票所に行って投票をする方法以外にも、投票方法としてインターネット投票を選択することができます。エストニアは、IT立国を国策として推進しており、1999年には身分証明書に関する法律が、2000年には、電子署名法が制定され、全国民がICチップ付きのIDカードを所持することとなりました。2002には、地方議会選挙法が改正され、インターネット投票が利用できるようになりました。2005年の地方議会選挙は、初めてインターネット投票が導入された選挙となり、その後、2007年には国政選挙、2009年には欧州議会選挙でインターネット投票ができるようになりました。
2005年の導入当初は、全体の約1.8%しか占めなかったインターネット投票も、年々その割合は増加し、2019年の選挙では、46.7%まで達しています。投票率は63.7%でした。
エストニアでのインターネット投票は、日本での期日前投票のような存在で、「i-Voting」と呼ばれます。投票期間は投票日の10日前から4日前までで、期間内であれば24時間、好きな場所から投票をすることができます。投票は、選挙の公式Webページからインターネット投票の申請を行い、Windows、MacOS、Linuxのコンピュータから専用のアプリケーションを通じて行います。モバイル端末では投票できません。投票時に必要な本人認証では、国民IDカードもしくは携帯電話のモバイルIDを用います。
投票すると、その内容はアプリケーションによって暗号化され、投票集計サーバーに送信され、後から不正な投票内容の書き換えが行われていないかを確認できる仕組みもあります。また、投票期間中であれば何度でも投票をやり直せるようになっています。
投票システムは、選挙のたびにゼロから作られ、システムのソースコードをGitHub上で公開することによって、危険性の指摘や改善の助言を誰でも行えるようになっています。システムに対しては、侵入テストやDDoS攻撃テストなども行われ、投票内容はブロックチェーン技術によって管理されているため、システム管理者であっても投票内容を改ざんすることは事実上できません。
インターネット投票のメリット
インターネット投票のメリットは色々とありますが、有権者からの視点でのメリットとして、移動の負担が軽減されるという点があります。インターネット投票では、投票所に行く必要がないため、移動の負荷が大きい高齢者や、足の不自由な人にとっては大きなメリットであるといえます。
また、選挙を実施する選挙管理委員会からの視点では、集計の効率化がメリットとして挙げられます。紙での投票の場合、1枚ずつ集計しなくてはなりませんが、インターネット投票の場合はシステムによって集計されるため、集計にかかる時間が大幅に短縮されます。エストニアでは、インターネット投票によって、一回の選挙あたり約11000時間の労働時間が削減されたとされており、集計の効率化は開票の迅速化だけでなく、集計作業にかかる人件費の削減にもつながります。
インターネット投票のリスク
インターネット投票には、他の様々なオンラインサービスと同様に、投票内容の改ざん、不正投票、サイバー攻撃などによるシステムのダウンなどのリスクを抱えています。エストニアでは、2007年に政府、新聞社、銀行などの国内の主要な50以上のサイトが一斉にダウンし、国民は一時パニックとなりました。これは、ロシアからの攻撃によるものとみられており、国を標的とした世界初の大規模サイバー攻撃となりました。こうした経験を踏まえ、エストニアでは前述のようにシステムへのブロックチェーン技術の実装などで対策を行っています。また、NATOのサイバー防衛拠点を誘致するなど、サイバーディフェンス能力の強化に注力しています。
紙を用いた投票においても、紙ならではの不正が発生しています。2017年に行われた衆院選において、滋賀4区・甲賀市選挙管理委員会の幹部らが白票400票を水増した上で、未集計の有権者が投票した投票用紙400票が焼却されるという開票不正が起きました。こうしたことから、集計の不正リスクはインターネット投票特有のものではなく、他の投票方法にも同様のリスクは存在するといえます。
また、インターネット投票のリスクとして、投票所での投票のように立会人がいないため、脅迫をされるなどして、自らの意志に反して投票を迫られるという可能性を排除できません。そのため、エストニアでは投票期間中の再投票を可能にすることで、対策をとっています。
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