オーストラリア
オーストラリアの議会選挙では、かつては投票率が50%台まで低下したこともありましたが、1924年の投票義務化以降は90%を下回ったことはありません。現在までこの制度は維持されており、国民の政治関心が高い国の一つでもあります。ここでは、そのようなオーストラリアの選挙について取り上げます。
投票の義務化と整った投票環境
オーストラリアでは1924年に義務投票制度が導入されました。第一次世界大戦で、オーストラリア兵にも多数の犠牲者が出たため、選挙の代表性と正当性を高める目的で導入されました。18歳以上の有権者が正当な理由なく投票をしなかった場合、20豪ドル(日本円で約1500円)の罰金が課されます。そのため、投票率は90%を超え、25歳以下の投票率でも86%と、オーストラリア選挙委員会が設定する若者の投票率目標である80%を超える値になっています。
こうした義務投票制を導入している以上、政府には投票をしやすい環境を整備することが求められます。日本でも認められている期日前投票や海外からの在外投票のほか、郵便投票や視覚障害者は電話投票も可能です。選挙委員会が病院や介護施設を訪ねての投票も行われています。投票所についても、日本では住所に基づいて投票場所が決められますが、オーストラリアでは有権者登録されている州の中であれば、選挙区が違っても投票することができます。そのため、投票所には複数の選挙区用の投票箱が設けられています。また、特定の場所であれば、有権者登録している州とは別の州でも、投票することができるようになっています。また、英語を母国語としない有権者に対しての配慮もされており、選挙管理委員会のWebサイトでは、中国語やアラビア語、ヒンディー語など約30の言語で投票方法の説明などを閲覧することができようになっています。投票所でも場所によっては、中国語の案内表示などが掲載されているところもあります。
「死に票」がでにくい選挙方式
選挙で、落選者の投じられた票を「死に票」といい、選挙区から1人の当選者が出る小選挙区制などの選挙制度では、この「死に票」が生まれやすいとされています。日本は、このことを配慮して、小選挙区比例代表並立制が導入されています。
オーストラリアでは、小選挙区制の下院議員選挙で、死に票がでにくい「優先順位付連記投票」を導入しており「世界で最も完璧に近い選挙制度」と言われることもあります。この投票方式では、当選させたい順で1から候補者に番号を付けて投票します。開票では、優先順位「1」とされた候補者に票を振り分け、この時点で過半数の票を獲得した候補者がいる場合その候補者が当選します。得票が過半数に達する候補者がいない場合は、得票数が最下位の候補者の票を他の候補者に割り振ります。この時、票は優先順位「2」とされた候補者に割り振られ、それでも得票数が過半数に達しない場合は、この時点での得票数が最下位である候補者の票を同様に振り分け、得票数が過半数に達した候補者が現れた時点で当選者が確定するという仕組みです。この制度では、最も支持する候補者が仮に当選しなかったとしても、その次に支持している候補者が当選する可能性があるということが特徴で、何度も票が分配されるため、死に票がでにくくなっています。
例えば、4人の候補者で計3000票が投じられたとします。優先順位「1」とされた票は、Aが900票、Bが1050票、Cが750票、Dが300票であったとすると、この時点で過半数の票を獲得した候補者はいないため、最下位のDの票が他の候補者に分配されます。
Dを優先順位「1」とした票の中で、Aを優先順位「2」とした票が120票、Bが30票、Cが150票であったとすると、この時点でも過半数を獲得した候補者はいません。
同様にCの票を分配し、Aに510票、Bに390票入ったとすると、Aが過半数の1530票を得票し、当選者になります。このように、1回目の集計では2位だった候補者が当選するということも、この選挙制度上では起こり得ます。
上院議員選挙では、比例代表制を導入していますが、こちらでも優先順位を付けて投票します。上院選では、各政党や個別の候補者にまで優先順位を付けて投票しなければならないため、巻物のように長い投票用紙に記入することになります。
このような投票方式には、デメリットもあります。それは、開票作業にとても長い時間がかかることです。これは、投票場所が複数あったり、票の分配を何度もすることによります。2019年の選挙では、大勢はすぐに判明したものの、下院の議席が最終的に決定するのには約1ヶ月かかりました。
市民の政治への関心
NHKの調べによると、オーストラリアでは、罰金がなくても選挙に行くかどうかという質問に対して、ほとんどの人が行くだろうと答え、選挙制度に満足している人が多いようです。理由としては、「出先でも投票できるから」「自分の意見を政治に反映させる機会だから」などとされています。義務投票制についても、好意的な意見が多いと伝えれられており、「皆が投票することによって民主主義が実現する」という考え方が広まっているとされています。また、神奈川大学・経営学部の杉田弘也・特任教授によると、制度への反対意見としては、「罰金があるから投票するというのはどうか」「政治に関心がない人の票で選挙結果が左右される可能性があるのはどうか」ものがありますが、こうした意見は少数派であるのが現状です。
このように、投票しやすい環境を作った上で、義務投票制度を導入し、高い投票率を維持している国もあります。
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