歴史

歴史

縄文 紀元前四世紀前
鉈切洞穴(なたぎりどうけつ)や、志多留貝塚(したるかいづか)、大築海貝塚(あつくみかいづか)などの全国の貝塚から、アワビやサザエの殻が出土する。
弥生 紀元前一世紀以降
白浜遺跡から鹿角製アワビオコシが出土する。
三世紀ごろ
魏志倭人伝で日本の潜水漁について書かれた文献が書かれる。
飛鳥~奈良 720年
日本書紀允恭天皇14年の条に、「男狭磯」という海士が真珠の入った大アワビを淡路島にてとったという記録がある。
733年
万葉集に海女についての短歌が書かれる。
745年
平城宮で発掘された木筒の中に、志摩国から納めたアワビの荷に付けた札があった。
759年
万葉集に海士を詠んだものが多々ある。
平安 905年~927年
「延喜式」に海女が神宮の供物用に貝類を採取していたことが分かる法典がまとめられた。
1000年前後
枕草子に舟渡海女についての記載がされている。
鎌倉 1275年~1288年
古文書倭姫命世紀に、倭姫命が真宮鎮座の後、祭神に捧げる食材を求め各地を巡る中で湯貴潜女からアワビを受け取ったということが書かれている。
(国崎神戸の潜女がアワビを伊勢神宮に奉納していたとの記載がある。)
室町 1500年
伊勢神宮関係文書に、海士、海女の活躍をうかがわせるものがある。
1544年
海女が溺死した記載が、「片田村三蔵寺世代相伝系譜」に書いてある。
江戸 1666年
訓蒙図彙(きんもうずい)に「蜑人」としての海女の図がある。
1713年
志陽略誌に潜婦被女とあり、志摩や鳥羽で海女が働いていたことがわかる。
1799年
日本山海名産図会の鮑の項に伊勢国和具浦、御座浦、大野浦(中略)鮑をとるには必ず海人を以てすとあり、海女の潜水漁の絵図が入っている。
江戸
光氏磯辺遊の図 海女の描かれている源氏絵が描かれる。
海女図 海女の描かれている浮世絵が描かれる。海女の浮世絵が沢山描かれた。 伊勢神宮の御師が熨斗アワビを全国に配布した。
江戸時代中期には、志摩国は熨斗アワビの主要産地だった。
明治 1881年~1883年
三重県水産図説三重県水産図解に海女が克明に描かれている。
1887年
志摩地方の海女が潜水メガネを使い始める。だがとりすぎが懸念されたため、使用を一時禁止とされる。
昭和
海女の写真や絵を載せた絵葉書、パンフレットが盛んに作られた。
1960年
ゴム製のウェットスーツを使い始める。
平成 2014年
鳥羽、志摩の海女による伝統的素潜り漁技術が三重県の無形民俗文化財に指定。
2017年
鳥羽、志摩の海女の技術が国の重要無形民俗文化財に指定される。
令和 2019年
海女に出逢えるまち鳥羽、志摩~素潜り漁に生きる女性たち~が日本遺産に認定される。

用語集

鹿角製アワビオコシ(しかづめせいあわびおこし)
 縄文時代から古墳時代にかけて使われた鹿の角で作られた道具で、岩に付着したアワビをテコの原理で剥がすためのもの。

魏志倭人伝(ぎしわじんでん)
 当時、日本列島にいた民族・住民の習俗や地理などについて書かれている歴史書。

万葉集(まんようしゅう)
 7世紀後半から8世紀後半にかけて編纂された、現存する日本最古の歌集。

平城宮(へいじょうきゅう)
 今から1300年ほど前に現在の奈良市につくられた都。

無形民俗文化財(むけいみんぞくぶんかざい)
 衣食住、生業、信仰、年中行事に関する風俗慣習、民俗芸能、民俗技術などに用いられる衣服や器具など人々日常生活の中で生み出し、継承してきた有形、無形の伝承で人々の生活の推移を示すもの。

重要無形民俗文化財(じゅうようむけいみんぞくぶんかざい)
 民俗文化財の中で特に重要だと指定されたもの。

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