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エチオピア・エリトリア国境紛争(こっきょうふんそう)

エチオピア・エリトリア国境紛争(こっきょうふんそう)は、アフリカのエチオピアとエリトリア間(かん)で行(おこな)われている
多(おお)くの犠牲者(ぎせいしゃ)を出(だ)している紛争(ふんそう)です。

概要(がいよう)

◆場所(ばしょ)
エチオピア・エリトリア
エチオピアは東(ひがし)アフリカに位置(いち)する内陸国(ないりくこく)。
エリトリアはアフリカの角(かど)と呼(よ)ばれていて、アフリカ大陸(たいりく)の北東部(ほくとうぶ)に位置(いち)する。

◆被害(ひがい)
死者(ししゃ):10万人以上(まんにんいじょう)

紛争(ふんそう)の原因(げんいん)

1961年(ねん)     エリトリアがエチオピアからの独立闘争(どくりつとうそう)を操(く)り広(ひろ)げる。
1993年(ねん)     エチオピアの社会主義政権崩壊(しゃかいしゅぎせいけんほうかい)
         エリトリア独立(どくりつ)

1998年(ねん)5月(がつ)6日(にち)  紛争勃発(ふんそうぼっぱつ)

エリトリアの独自通貨発行(どくじつうかはっこう)や、エチオピアが内陸国(ないりくこく)になり
エリトリア国内(こくない)の港湾(こうわん)の使用料が難航したことなどによって
両国(りょうこく)の関係(かんけい)が再(ふたた)び悪化(あっか)。
また、国境沿(こっきょうぞ)いにある都市(とし)バドメ周辺(しゅうへん)の国境(こっきょう)が未確定(みかくてい)で、両国(りょうこく)の意見(いけん)が食(く)い違(ちが)ってしまう。

国境紛争(こっきょうふんそう)が発端(ほったん)だったが、両国(りょうこく)の首都(しゅと)を空爆(くうばく)しあうなど規模(きぼ)は広(ひろ)がっていった。
犠牲者(ぎせいしゃ)も多い。しかし、両国(りょうこく)とも経済規模(けいざいきぼ)が小(ちい)さい国(くに)であるため
戦争(せんそう)の長期化(ちょうきか)は困難(こんなん)であると国連(こくれん)やアフリカ連合(れんごう)が判断(はんだん)する。

200年(ねん)6月(がつ)18日(にち)  アフリカ統一機構(とういつきこう)の合意(ごうい)により、停戦合意(ていせんごうい)が成立(せいりつ)。
しかし、国境(こっきょう)の問題(もんだい)は両国合意(りょくこくごうい)が難(むずか)しく、今(いま)でも解決(かいけつ)しきれていないのが現状(げんじょう)です。

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