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パレスチナ問題(もんだい)[2]

これから紹介(しょうかい)するのはパレスチナ問題(もんだい)の原因(げんいん)についてだよ。
元々(もともと)は、パレスチナに住(す)んでいたアラブ人(じん)、ユダヤ人(じん)ではなくてイギリスが原因(げんいん)なんだ。

パレスチナ問題(もんだい)のもとはイギリスだった!?

第一次世界大戦中(だいいちじせかいたいせんちゅう)、イギリスはオスマン帝国(ていこく)と戦争(せんそう)をしていました。
↓
イギリスは苦戦(くせん)したため、ユダヤ人(じん)に協力(きょうりょく)を求(もと)めました。
↓
するとイギリスはユダヤ人(じん)にこう言(い)いました。
「戦争(せんそう)に協力(きょうりょく)してくれたらイスラエルをあげるから、そこに国(くに)を建設(けんせつ)してね。」と。

1917年(ねん) バルフォア宣言(せんげん)
    (イギリスが大戦後(たいせんご)のパレスチナにユダヤ人(じん)の国家(こっか)を建設(けんせつ)することを認(みと)めた宣言(せんげん))
ところが ↓
1916年(ねん)にイギリス、ロシア、フランス、でイスラエルを国際管理(こくさいかんり)することを(き)めていたのです。
サイクス二ピコ協定(きょうてい)
また ↓
1915年(ねん)にイギリスはオスマン帝国(ていこく)との戦争(せんそう)に苦戦(くせん)していて、
   イスラエル住(す)んでいたアラブ人(じん)に、
   「戦争(せんそう)に協力(きょうりょく)してくれたら、イスラエルの独占権利(どくせんけんり)を認(みと)める。」と言(い)いました。

結果(けっか)、オスマン帝国(ていこく)にイギリスが勝(か)ったため、ユダヤ人(じん)はどんどんイスラエルに移住(いじゅう)していきました。
↓
元々住(もともとす)んでいたアラブ人(じん)との争(あらそ)いが起(お)きてしまう。

イギリスは3つの矛盾(むじゅん)したことをしていたんだね。

そうだね。イギリスはたくさんの国(くに)を惑(まど)わせていたんだね。

ヒナも、これでパレスチナ問題(もんだい)についてはわかったかな?
これからこのパレスチナ問題(もんだい)が絡(から)んでくる「中東戦争(ちゅうとうせんそう)」を紹介(しょうかい)するよ!

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