社労士インタビュー
今回、実際に労働関連の問題について詳しい方にお話を伺いたいと考え、社会保険労務士の田中先生にインタビューを行いました。
社会保険労務士(社労士)の仕事内容について
まず、事前調査で得た知識を基に、改めて社労士の仕事内容について説明していただきました。
そもそも、1950年に厚生省(当時)によって社会保障制度審議会が設立され、審議の結果「公的扶助」「公衆衛生」「社会福祉」「社会保険」が社会保障の4つの柱であると規定されました。
社会保険は主に「労働者災害補償保険(労災)」と「雇用保険」に分かれています。
労災
所轄は労働基準監督署となっています。
業務中・通勤中の怪我や、業務に起因した病気を発症する危険の内在が認められた場合に適用されます。賃金を得ている労働者全てが対象とされているため、アルバイトなどの非正規雇用や違法滞在者なども対象範囲となります。
事業主に対しては労災は適用されず、また保険料は事業主が全額負担します。
雇用保険
雇用保険は事業主ではなく労働者本人が負担します(労働者の給料から0.3%の天引き)。
週20時間以上労働している人が対象で、受給するためにはハローワーク(職業安定所)で所定の手続きを行う必要があります。
社労士は、4つの柱のうち「社会保険」に関して実務に携わり、ビジネスとすることが認められている職業です。「適切な業務をしなければならない」「円滑に行わなければならない」「事業の健全な発達と労働者等の福祉向上」「品位を保つ」「法律と実務に精通すること」「公正かつ誠実であること」が求められています。
社労士は一日の労働時間などの条件に基づいてどこまで保険が適用されるか判断し、様々な種類の保険を管轄する各役所での手続きを代行します。ただし、昨今はインターネット上の申請サイトを通して手続きを代行することも多いようです。
仕事内容の詳細
社労士の義務の1つである「事業の健全な発達と労働者等の福祉向上」に労働者「等」とありますが、「等」は失業者も含む全ての労働者を指しています。また、「事業」は営利企業に限らず公的な特殊法人も含んでおり、社労士は多岐にわたる労働に関する業務を担うことが分かります。
具体的な職務内容としては
- 必要な書類の作成業務(結婚、引っ越し、事故、子どもの誕生時など)
- 提出業務(役所の遠方地域にある企業の「提出の代行」など)
- 事業所の一部業務の代理
- 相談・指導・助言(労務管理、法律上の規約、人事異動、妊娠・出産・育児・介護、病気などに関する相談への助言・指導を法律にのっとって行うため、総合して「コンサル業務」と呼ばれる)
- 補佐人業務(2015年から始まった業務で、弁護士と共に裁判所に行き陳述を行うことができるため、社労士が「訴訟代理人」とも呼ばれる所以となっている)
などが挙げられます。また、社労士は先述したように法律にのっとって職務を遂行するため法務業であるとも言えます。
*代行=業務を担当した社労士の名前が書かれたハンコを押すこと
*代理=監査、確認事項の調査などの際に、事業所の責任者の代わりに仕事を担うこと
ただし、「事業所の責任者の主張=社労士の意見」という扱いになってしまうため、罪を犯した場合は事業所と社労士の双方が罪に問われることになってしまいます。
さらに、弁護士の補佐人として陳述などを行うだけでなく、一部の弁護士の業務も担うことができる「特定社会保険労務士(特定社労士)」という資格も存在します。資格を得るためには試験・実務研修を受ける必要があり、弁護士法第72条を改正して新設されました。
社労士が実際に受けている相談内容
社労士は労働に関する相談を受け指導・助言を行いますが、具体的にどのような相談が多いのかを伺いました。
まず、大企業と中小企業では、どちらもハラスメントに関する相談が多いという共通点があるものの、相談内容の傾向には違いが見られるそうです。
大企業は解雇に関連する相談が少ないものの、労働者が復職する際の対応・不当な人事評価についての相談が多いとおっしゃっていました。一方、中小企業からは
- 人手不足への対処方法(特に屋外労働を行う業種)
- 外国人労働者関連の問題
- 途中入社した労働者の賃金
- 能力の評価基準(数値化が難しい)
- 有休を取得させる義務に関連する問題
- 職場環境(人間関係など)
についての相談が多いそうです。
働き方改革について
今回インタビューを行った社労士の方に「働き方改革」の概要を伺ったところ、長時間労働の抑制、正規・非正規雇用者間における賃金格差の是正が最終的な目標だと考えておられました。
そもそも、現在の日本は国際的に見て長時間労働が蔓延している状況にあります。さらに、労働者一人当たりの売り上げを示す「労働生産性」においても、日本は19位にとどまっていることから、労働時間の割に生産性が低いことが問題であると言えます。 そこで、政府は労働生産性が上がらないならば労働時間を短縮し「ワークライフバランス」を大事にすることを目指しているのではないかとおっしゃっていました。
また、本サイトで扱った内容のうち、まず裁量労働制について意見を伺いました。私たちは裁量労働制を企業側が悪用してしまった場合、結果的に長時間労働が助長され労働環境の改善には繋がらないと考えていますが、社労士の方も裁量労働制は「一歩間違うと抜け穴になってしまう」とおっしゃっていました。
その理由としては、「みなし時間」を定めることで実際の労働時間との乖離が起きてしまう恐れがあることなどを挙げておられました。 一方で、そのような事態をできる限り防ぐために、みなし時間を設ける際は労働基準監督署長に書類を提出することが義務付けられています。そして、提出された書類を基に労働基準監督署(労基署)が監査を行うことで、過労死を未然に防ぐための取り組みがなされています。
"ブラック企業"の定義について
次に、昨今話題となっている「ブラック企業」の定義について伺いました。すると、「ブラック企業」についての法的定義は存在せず、また捉え方にも個人差があるため一概には言えないものの、社労士の方としては
- 法令を守らない(コンプライアンスに違反する)企業
- 頻繁に新規の労働者を募集している企業
- 職場ごとに規定されている就業規則(規律)を守らせることに消極的な企業
が「ブラック企業」に該当するのではないかと考えておられました。
まず、法令を守らなければ当然労働者の健康を害してしまう恐れがあります。
そして、新規の労働者を常時募集するということは退職者が後を絶たないということを意味します。そのため、新入社員などに充分な教育をしないまま放任しているが、労働者がミスをした際は責めるなどの劣悪な労働環境の存在が考えられるため、このような企業も「ブラック企業」と言えるでしょう。
さらに、各職場における就業規則は労働環境の整備・労働者を人間として尊重するために定められたものであるため、これに従わせようとしない企業は労働の待遇を改善しようという意思がないとも捉えられかねません。
在宅勤務について
私たちはテレワークでは比較的柔軟かつ多様な働き方を実現できるのではないかと考え、実情などについてお話を伺いました。海外では導入が進んでいる国も多くありますが、本サイトの「テレワーク」の記事でも述べたように、現在の日本においてテレワークを実施している・実施を検討している企業は非常に少ないのが現状です。
その理由として、厚生労働省が企業側に対して労働時間の確実な管理を求めていることが挙げられます。労働時間の把握義務は、判例(最高裁判所による判決)や労働安全衛生法においても定められています。
労働時間の管理として、1日の始業・終業・休憩時間の具体的な時刻の記録が求められています。在宅勤務での休日労働や私用時間(プライベート)に対しても同様の義務があるため、このような厳格な時間管理に抵抗感を抱き導入をためらう企業が多いという可能性があります。
この他にも、在宅勤務の導入には
- 情報漏洩の恐れがある(民事訴訟は可能)
- 指定の機器を支給する必要があるため経費がかさむ
- 統一した連絡方法を定める必要がある
- 光熱費・交通費・機器の修理費などの費用の負担の所在
- 業務の進捗状況の把握方法
- 事業所(自宅)での業務災害(労災)が発生した際の対応方法
などの課題が存在するため、日本において普及が進まないのではないかとおっしゃっていました。さらに、
- プライバシーの問題(例: 在宅でのテレビ会議を行った際に家の様子が知られてしまう)
- 育児や介護などと両立しつつ働く場合、仕事と家庭の時間の内訳を詳細に把握することの難しさ
などの問題も指摘されているそうです。
テレワークについては、未だにあまり普及しておらず世間の理解も進んでいないため相談も少ないとおっしゃっていました。一方、テレワークのメリットとしては
- 交通費の削減につながる
- 通勤時間の短縮が可能であるため、実労働時間を増やすことができる
- 労働者の募集を行いやすい
などが挙げられます。
お忙しい中でインタビューを引き受けてくださった田中先生にこの場を借りて感謝申し上げます。ありがとうございました。