一章 「午后の授業」
「ではみなさんは、そういうふうに川だと云われたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」
●先生(理科の先生)が、生徒たちに銀河の話を始めた。カムパネルラや生徒が四五人手をあげるなか、ジョバンニも手を上げようとする。
「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」
「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」
●先生はジョバンニの動きに目を留め、ジョバンニが答えを知ってると感じた。そこで、ジョバンニが答えられるよう促した。しかし、ジョバンニは勢いよく立ったものの、どぎまぎしてしまった。ジョバンニは、たしかにあれがみんな星だと思っているが、このごろはなんだかどんなこともよくわからないという気持ちを持っているため、答えられずにいたのである。
「ではカムパネルラさん。」
●先生は、一度手を上げたジョバンニが答えられずにいるのでしばらく困ったようすだった。そこで、カムパネルラを次にさすが、元気に手をあげたカムパネルラも、やはりもじもじ立ち上ったまま答えずに終わってしまう。カムパネルラまで答えられないので先生は意外に思った。
「では。よし。」
「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」
●先生が、気を取り直し、自分で星座を指しながらジョバンニに向けていった言葉。先生はジョバンニが答えを初めから知っていると信じていた。
ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。
●ジョバンニは言葉にはしなかったが、僕は知っていたのだ、という強い思いはうなずく行為に表れていた。また、ジョバンニは、昔カムパネルラと一緒に銀河の写真を見たことを思い出していた。
このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ。
●銀河は、カムパネルラの家にある雑誌にその写真が載っていた。ジョバンニとカムパネルラにとって銀河は、昔二人で仲良く遊んだ思い出での一つあった。それをカムパネルラが忘れるはずがないとジョバンニは考えた。このごろジョバンニとカムパネルラはあまり話さなくなってしまったが、午后の授業での銀河の答えに対する言動から、ジョバンニはカムパネルラの気持ちを読み取る。ジョバンニは、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がしていた。
「ですからもしこの天の川がほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利の粒にもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油の球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮んでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲んでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」
「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄いのでわずかの光る粒即ち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」
●先生による銀河の説明。中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸レンズを指しながら、生徒たちに話した。
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