七章 「北十字とプリオシン海岸」
「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」
●カムパネルラに何かが起こった(死んでしまった)ことを暗示する様な彼の台詞。これを聞いたジョバンニは、今寝込んでいる自分の母親の事を思い出す。
「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸になるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」
●カムパネルラの上記の台詞の続き、新たな暗示。死んでしまったことに対する罪悪感の様なものを感じる。
「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」
●酷く落ち込んでいるカムパネルラに対してジョバンニからの慰めの言葉。
「ぼくわからない。けれども、誰だって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」
●死んでしまったのは、ザネリを助けようとしたから。母親が分かってくれるだろうと願う様なカムパネルラの言葉。
「ハルレヤ、ハルレヤ。」
●鉄道に乗った旅人達の祈りの言葉。通りかかった「ぼうっと青白く後光の射した一つの島」に「白い十字架」(北十字)がたっていたので、人々は「黒いバイブルを胸にあてたり」してその十字架に向かって祈りを始める。キリスト教的要素が多くある中、「水晶の数珠をかけたり」して祈りをする姿も見られたことから、仏教的要素も認められる。
「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」
●祈りの後のジョバンニとカムパネルラの談話。白鳥の停車場の到着時刻を伝えている。賢治の実体験に基づいているのではないかという説がある。
「ぼくたちも降りて見ようか。」 「降りよう。」
●白鳥の停車場に到着した時のジョバンニとカムパネルラの会話。二人が汽車を降り、銀河鉄道の世界へ降り立った最初で最後の場面。
「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」
●白鳥の停車場で降りて、ジョバンニと二人で歩いていたところの河原にある砂をつまんで言ったカムパネルラの台詞。その場所の神秘さと如何に綺麗な風景かが分かる。
「そうだ。」
●上記の台詞に対するジョバンニの返答。知っている筈無いのに分かっているかの様なこの受け答えに、自らも戸惑っている様子も伺える。
「おや、変なものがあるよ。」
●歩いている最中に、カムパネルラが何かを拾った時の言葉。それはプリオシン海岸で発掘されている、くるみだった。
「くるみの実だよ。そら、沢山ある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」
●カムパネルラが「変なもの」と称したものに対するジョバンニの説明。
「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」
●くるみだと知ったカムパネルラの、感心する台詞。百二十万年前のくるみというだけあって、普通のくるみとは外見が違うということが分かる。
「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」
●くるみと採掘現場に何か関係があると思い、採掘現場へ行こうとカムパネルラを誘うジョバンニの台詞。
「そこのその突起を壊さないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」
●大学士の現場を指揮する台詞。採掘作業がとてもデリケートで、慎重に行われなければいけないことが分かる。
「君たちは参観かね。」「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿でやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔はたくさん居たさ。」
●大学士がジョバンニ達にプリオシン海岸にまつまる地質の説明をしている。プリオシンとは第三期の鮮新世の地質年代のこと(各章の分析
七章を参照)であるから、プリオシン海岸の地質もそれに反映した性質を持っている。また、説明している合間にも作業の指示をしていることから、大学士はジョバンニ達に丁寧に説明したいと思う一方で、作業の方に気を取られているということが分かる。
「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要るんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠もいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨が埋もれてる筈じゃないか。」
●ジョバンニ達が採掘作業に関する質問をし、それに対する大学士の返答。調査で見つかったものをそこの地層と関連させようとしている。賢治が学生時代に行った地質の調査と似たことをしている様に見受けられるし、イギリス海岸での経験も元になっている。
「もう時間だよ。行こう。」 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」 「そうですか。いや、さよなら。」
●汽車へ戻らなければ時間になり、採掘現場を去る挨拶をするジョバンニとカムパネルラの台詞。そして、挨拶をしたジョバンニ達に対する大学士の返事。作業の方を気にしているので、簡単な挨拶となっている。
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