六章 「銀河ステーション」
銀河ステーション、銀河ステーション
●どこかで不思議な声がした。いきなり眼の前がさあっと明るくなって、気づくとジョバンニはごとごと走る列車の中にいた。
カムパネルラ、きみは前からここに居たの 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅れてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」 「どこかで待っていようか」 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎いにきたんだ。」
●ジョバンニは前に座っているのがカムパネルラだと気づいた。声をかけようとしたが、先にカムパネルラが口を開いた。このときのカムパネルラは、ぬれたようにまっ黒な上着をまとい、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しそうだった。一方、ジョバンニは、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしていた。
「ああしまった。ぼく、水筒を忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」
●カムパネルラが勢いよく言った言葉。このときカムパネルラは元気を取り戻していた。
「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」
●カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていた。それは、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って、南へ南へとたどって行く一条の鉄道線路だった。夜のようにまっ黒な盤は、一一の停車場や三角標、泉水や森が、青や橙や緑や、うつくしい光がちりばめられてある立派なものだった。
「そうだ。おや、あの河原は月夜だろうか。」 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」
●カムパネルラの言葉にジョバンニはまるではね上りたいくらい愉快になって答えた。ジョバンニは足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛を吹きながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとした。銀河が光るのは、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているためであった。
「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」
●ジョバンニの言葉。ちらちら紫いろのこまかな波をたてたりする天の川や、様々な色にかがやく三角標が立ち並ぶ野原がいちめんに広がっていた。
「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」 「アルコールか電気だろう。」
●ジョバンニの言葉に、カムパネルラが付け加えている。ちなみに、カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があった。それは、レールを七つ組み合せると円くなった。電柱や信号標もついており、信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなった。
「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」
●線路のへりになったみじかい芝草の中に、月長石ででも刻まれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていた。ジョバンニが飛び下りようとするのをカムパネルラはとめたが、りんどうの花は一箇所だけではなく、湧くように、雨のように、咲き乱れていた。
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