二章 「活版所」
「これだけ拾って行けるかね。」
●すぐ入口から三番目の高い卓子に座った人の言葉。一枚の紙切れを渡されたジョバンニは一つの平たい箱をとりだして、小さなピンセットでまるで粟粒ぐらいの活字を次から次とひろいはじめた。
「よう、虫めがね君、お早う。」 近くの四五人の人たちが声もたてずこっちも向かずに冷くわらいました。
●青い胸あてをした人の言葉。他の人達がジョバンニを見ることなく冷たく笑ったことから、虫めがね君というあだ名は親しみのこもったものではないことがわかる。しかしジョバンニはそのわらいに動じることなく活字をひろい続けた。
・・・家へは帰らずジョバンニが町を三つ曲ってある大きな活版所にはいってすぐ入口の計算台に居ただぶだぶの白いシャツを着た人におじぎをしてジョバンニは靴をぬいで上りますと、
・・・ジョバンニはすぐ入口から三番目の高い卓子に座った人の所へ行っておじぎをしました。
・・・さっきの卓子の人へ持って来ました。その人は黙ってそれを受け取って微かにうなずきました。
ジョバンニはおじぎをすると扉をあけてさっきの計算台のところに来ました。するとさっきの白服を着た人がやっぱりだまって小さな銀貨を一つジョバンニに渡しました。ジョバンニは俄かに顔いろがよくなって威勢よくおじぎをすると台の下に置いた鞄をもっておもてへ飛びだしました。それから元気よく口笛を吹きながらパン屋へ寄ってパンの塊を一つと角砂糖を一袋買いますと一目散に走りだしました。
●ジョバンニは活版処にはいった時、入口の計算台に居ただぶだぶの白いシャツを着た人にも、卓子に座った人にも、おじぎをしている。途中、虫めがね君と呼ばれ冷たく笑われることもあるが、ジョバンニは目立った行動を起こすことはない。ジョバンニは、仕事を終えたあとも卓子に座った人に対して再びおじぎをする。彼の行動から、ジョバンニは仕事をつらいと思いながらもしっかりとこなす、礼儀正しい少年だということが読み取れる。 最後の、銀貨を一枚受け取ったあとのおじぎは今までとは違い、威勢のいいものとなっている。俄かに顔いろがよくなったことからも彼の感情の変化がわかる。このおじぎはただの礼儀からではなく、心からの感謝や、銀貨でパンと角砂糖を買うことができるうれしさによるものである。
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