四章 「ケンタウル祭の夜」
「ザネリ、烏瓜ながしに行くの。」 「ジョバンニ、お父さんから、らっこの上着が来るよ。」
●ジョバンニは道でザネリとすれ違った。ジョバンニは口を開こうとしたが、言葉にしないうちに、ザネリに投げつけるようにうしろから叫ばれてしまった。ジョバンニはその言葉を聞いて胸がぱっとつめたくなり、そこら中きぃんと鳴るように思った。
「何だい。ザネリ。」 「ザネリはどうしてぼくがなんにもしないのにあんなことを云うのだろう。走るときはまるで鼠のようなくせに。ぼくがなんにもしないのにあんなことを云うのはザネリがばかなからだ。」
●ジョバンニはザネリの言葉を気にしていないかのように、高く叫び返した。しかし、ザネリは家の中へ入ってしまっていた。ジョバンニはザネリの言葉に動揺していた。
ほんとうにこんなような蝎だの勇士だのそらにぎっしり居るだろうか、ああぼくはその中をどこまでも歩いて見たい
●ジョバンニが、時計屋にある星座早見や望遠鏡、空じゅうの星座をふしぎな獣や蛇や魚や瓶の形に書いた大きな図などを見ながら思ったこと。ジョバンニは、ふくろうなどの時計以上に、銀河に関係する品々に見入っていた。
「ケンタウルス、露をふらせ。」
●子ども達の叫び声。その日は銀河のお祭、別名ケンタウルス祭であった。子ども達は、新らしい折のついた着物を着て、星めぐりの口笛を吹いたり、青いマグネシヤの花火を燃したりして、遊んでいた。
「今晩は、」 「今晩は、ごめんなさい。」 何か用か 「あの、今日、牛乳が僕ん[#「ん」は小さな「ん」]とこへ来なかったので、貰いにあがったんです。」 「いま誰もいないでわかりません。あしたにして下さい。」 「おっかさんが病気なんですから今晩でないと困るんです。」 「ではもう少したってから来てください。」 「そうですか。ではありがとう。」
●ジョバンニと、牛乳屋の年老った女の人との会話。この日、ジョバンニの家に届くはずの牛乳は届けられていなかった。ジョバンニのしぐさには、あいさつをする前に帽子を脱ぎ、また、最後にお辞儀をするなど、丁寧さが見られる。
「川へ行くの。」
●ジョバンニは、同級生の子らの声を耳にした。思わずどきっとしたが、思いなおして同級生の方へと向かっていった。ジョバンニは同級生達に向かって声をかけようとした。しかし、言葉にすることはできず、ザネリに先に叫ばれてしまった。
「ジョバンニ、らっこの上着が来るよ。」 「ジョバンニ、らっこの上着が来るよ。」
●ザネリの叫び声と、続いてみんなが叫んだ言葉。ジョバンニはこれを聞いて、真っ赤になってしまった。ジョバンニは居たたまれなくなってその場を行き過ぎようとした。ジョバンニは、カムパネルラに気づいたが、逃げるように、カムパネルラの気の毒そうに自分を見る眼を避けた。カムパネルラの眼は気の毒そうに、だまって少しわらって、ジョバンニが怒らないだろうかと気にしているようであった。
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