AIが関わる契約に関する法的論点は、従来の法律(民法、商法など)をAI技術の特性に合わせて解釈・適用する点で複雑さを増しており、特にAIそのものの開発・提供とAIを利用したサービスの提供の二つの側面で詳細な議論が必要です。ここでは、先の法律のまとめ(著作権、責任の所在、EU AI Act)と重複しないよう、契約実務と法解釈に焦点を当てて、AI契約の主要な論点を詳しく解説します。
1. AI開発・提供契約特有の論点
AIシステムは、従来のソフトウェアと異なり、納品後も学習し続ける性質があるため、契約における「完成」や「品質保証」の定義が難しくなります。
① 契約上の「完成」の定義と瑕疵担保責任
従来のソフトウェア開発における請負契約では、プログラムの仕様通りに動作することをもって「完成」とみなし、不具合があれば契約不適合責任(瑕疵担保責任)が追及されます。しかし、AI開発では以下のような問題があります。
- 学習と成長による変化:
AIは納品後も学習データに基づいて性能や振る舞いが変化します。納品時に仕様を満たしていても、利用過程で性能が低下したり、予期せぬ結果(ハルシネーションなど)を出したりすることがあります。
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契約不適合責任の限定:
AIの学習による予期せぬ結果について、開発者がすべてを予見・保証するのは困難です。そのため、契約では、特定の性能水準を保証する期間や条件を限定したり、開発者の責任範囲を重過失がある場合のみに限定したりする傾向があります。
② データセットに関する権利と保証
AIの価値は、学習に用いるデータセットの質と量に大きく依存します。
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データの権利関係:
開発契約において、学習データ(インプット)の利用許諾範囲、所有権、及び適法性を明確にしなければなりません。特に、データ提供者が個人情報保護法や著作権法を遵守していること(クリーンなデータであること)を、契約で保証(表明保証)させるのが一般的です。
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データの帰属:
AIが学習によって生成した中間データや、AIモデル自体の所有権(誰がソースコードや学習済みモデルを保有するか)についても、契約で詳細に定める必要があります。
③ 知的財産権の帰属の明確化
AIシステムの開発では、通常のソフトウェアだけでなく、学習済みモデル、アルゴリズム、生成されたコンテンツなど、複数の知的財産が発生します。
- 二段階の帰属:
- 基盤モデル(汎用AI): AI開発者(プロバイダー)が保持します。
- 追加学習モデル(特化AI): 顧客のデータで追加学習(ファインチューニング)を行ったモデルの所有権や利用権を、契約で定める必要があります。通常は、顧客がモデルの利用権を持つものの、基盤モデルの権利は開発者に留保されます。
2. AI利用契約(SaaS/ASP)の論点
AIサービスをSaaS(Software as a Service)形式で利用する場合、利用者側の責任と提供者側のサービス水準の定義が重要になります。
① 利用者の「目的外利用」と「不正利用」の禁止
AI、特に生成AIは多様な使い方が可能であるため、利用者が公序良俗に反する利用や他者の権利を侵害するような利用(例:フェイクニュース生成、差別的なコンテンツ生成)をしないよう、利用規約や契約で厳しく規制します。
利用規約(TOS)の重要性
サービス提供者は、禁止行為を明確に定め、違反時にはサービス利用を停止できる権限を留保します。また、利用者が禁止行為によって第三者に損害を与えた場合、提供者側には責任が及ばないよう免責規定を設けます。
② サービスレベルと性能の保証(SLA)
従来のSaaS契約と同様に、AIサービスでも
SLA(Service Level Agreement:サービス品質保証)の規定が必要です。
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AI特有のSLA:
単なる稼働時間(例:月間稼働率 99.9%)だけでなく、AIの**応答速度(レイテンシー)や、特定の性能指標(例:誤認識率、精度)を保証 水準に含めるかどうかが論点となります。
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実務:
多くのAI提供契約では、性能保証の幅を広く設定したり、そもそも具体的な性能数値を保証対象から除外したりすることで、提供側のリスクを低減する傾向があります。
③ データ利用に関するライセンスと二次利用
利用者がAIサービスに入力したデータ(プロンプトやアップロードファイル)の取り扱いが、契約の核心となります。
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提供者による二次利用:
サービス提供者が、利用者の入力データをAIモデルの改善や追加学習のために二次利用すること(例:利用者のプロンプトを学習データに含めること)を許諾するかどうか、契約で明確に定める必要があります。多くの提供者は、利用者が入力データに関する必要な権利(著作権、個人情報利用権など)を保有していることを表明保証として求めます。
3. 国境をまたぐ契約と準拠法
AIサービスはクラウド経由で国境を越えて提供されるため、どの国の法律(準拠法)を適用するか、紛争解決の場所(合意管轄)をどこにするかが重要です。
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準拠法の指定:
契約書には、例えば「本契約は日本法に準拠し、解釈される」といった条項を必ず設けます。特に、利用者がEU圏内にいる場合、EU AI ActやGDPR(一般データ保護規則)などの強行規定が適用される可能性があるため、契約はこれを踏まえる必要があります。
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国際的な紛争解決:
裁判所の管轄を定める合意管轄条項に加え、国際的な紛争解決手段として仲裁を選択することが一般的です。仲裁は、非公開で迅速な紛争解決が可能であり、国際取引に適しています。