未来の粘菌学者

未来の粘菌学者☆

粘菌の研究　　変形体の「自他」を見分ける力　まなまなさんインタビュー

研究の目的・意義

変形菌（真正粘菌）は粘菌とも呼ばれ、動物でも植物でもなく、菌とついていますが菌類でもなく、アメーボゾアに属する生物です。変形菌はとても変わった生活環で生きています。動き回り栄養をとる変形体が、たくさんの子実体に変身し、そこから無数の胞子を飛ばして増えていきます。

　まなまなは５歳の頃から変形菌が好きで、変形体を採集し、長期人工培養しています。野生の変形体（右写真）は自然環境の中から見つけにくく、採集できても飼育培養は非常に困難とされています。そのため変形体の研究はあまり進んでいません。また、ほとんどの先行研究には博物館で培養されたモジホコリが使われています。

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　まなまなは野生種の変形体の採集・長期人工培養を８年間続け、（親から子、子から孫をつくらせる）人工継代培養も成功させています。これらを材料とした前例のない実験を7年間続け、先行研究がほとんどない研究を行っています。

　まず、2008年までの研究から、種ごとの動きの違いは変形体の体の特徴と関係があることがわかりました。この発見から変形体の動きと考えの関係を深めたくなり、2008年から変形体どうしが出合うと何が起きるのかについての研究を始めました。実験をしていく中で、変形体の「自他」を見分ける力というテーマを見出すことができました。「変形菌の変形体には自他がない」という通説がありますが、研究を5年続けた結果、この通説とは異なる結論を得ることができました。

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ー変形体の「自他」を見分ける力についての研究は、２つのステップで進めました。
◇Ⅰ　変形体どうしを出合わせ、「自他」を見分ける力について探る
Ⅰの研究の方法・プロセス
　5つの場合（別種、１つの個体から分かれたもの、菌核という休眠状態から戻した変形体、同種世代違い、同種産地違い）に分け、個体どうしを寒天培地の上で出合わせたら融合するかどうかを観察しました。実験には博物館で培養されたモジホコリに加え、野生種6種類20株と、野生種2種から人工継代培養した株を使いました。

Ⅰの結果と考察
　5年間に291シャーレ行ったところ、出合う相手によって行動が違いました。最終的に個体どうしが融合したかどうかで見ると、別種は全く融合せず、１つの個体から分かれた変形体どうしや、菌核から戻した変形体の場合、また5世代間の変形体の場合はとてもよく融合しました。しかし、同種産地違いの場合は、融合できる組み合わせも、全く融合せずに住み分ける場合もあり、「別種は避け合うが、同種は融合する」とは言い切れないと考えました。

このことをはっきりさせるために、291シャーレでの出会い合計526回について、融合しにくさとして、「避けた出会い率」、判断のしにくさとして、「30分以上止まってから行動を決めた率」を比較したところ、3グループに分かれることがわかりました。Aの別種は、すぐに避け合う「わかりやすい他人」の関係。Bの同種は、よく融合し止まりにくい「わかりやすい自分」の関係。Cの同種産地違いは、判断に時間のかかる「わかりにくい自分」の関係だと言えます。

以上の分析から、判断と融合のしにくさは関係によって異なると言えます。変形体の自他の関係には「近い/遠い」があり、それは判断するカギによって決まっていると考え始めました。これが新しい仮説です。

◇Ⅱ　変形体が「自他」を見分けるカギを見つける
　Ⅱの研究の方法・プロセス
　変形体どうしが出合って最初に触れるのは、体を覆う透明な粘液鞘（ねんえきしょう）です。Reidら（2012）の研究によると、変形体は、はいあと（脱ぎ捨てられた粘液鞘）を避けるそうですが、自分の経験からは、変形体が、はいあとをたどっていく場合もありました。そこで判断のカギは粘液鞘にあると仮説をたて、このことを証明するために、変形体の「はいあと」（粘液鞘）に出合った時の反応と行動を5つの場合（自分自身、別種、同種世代違い、融合できる同種産地違い、融合できない同種産地違いの「はいあと」と出合わせる）について観察しました。はいあとと出合った時の変形体の反応は、変形体どうしの場合と同じようになると予想しました。

Ⅱの結果と考察

5つの場合について、はいあとを避けた率、はいあとに触れて止まった率、はいあとを覆った最大面積比率を比較したところ、５つの場合は全て、はいあとに対する反応や行動が違い、Ⅰの変形菌どうしの場合と似たパターンを示しました。このこと自体が、変形体は「はいあと」、つまり粘液鞘を見分けていることを意味しています。変形体にとって相手の粘液鞘は、判断しやすかったり、しにくかったりします。このことから、変形体の自他の関係は、「近い/遠い相手（判断のしやすさ）」と「融合できるか」のかけ合わせで＜わかりやすい他人＞＜わかりやすい自分＞＜わかりにくい他人＞＜わかりにくい自分＞の４つに分類できます。

◇ⅠとⅡからの結論
　第一に、変形体には自他を見分ける力があります。第二に、変形体の「自分」は個体の判断と行動で変化します。第三に、変形体の自他は「融合する/しない」で二分されるのではなく、関係の「近い/遠い」があると言えます。第四に、変形体の自他の判断には、粘液鞘が関係しています。

　「変形菌に自他はない」という人も少なくないのですが、以上のことから、変形体は人間や他の生物とは違う、独特な自他を持っているのだと言えます。

◇今後の展望
　変形体が持つ独特な「自他」の判断の仕組みを解明していきます。粘液鞘の質量分析と個体の行動観察を関連付けて、自他の関係が環境の影響で変化するという仮説、属/種によって自他を判断する仕組みや、判断する物質が違うという仮説を今、検証しているところです。