韓国では仲人を介した結婚が一般的です。新羅の王家ではきょうだいやいとこと結婚する近親婚が主流でした。その後の高麗も、新羅の制度を模倣したため、王家では近親婚が行われていました。『高麗史』の記録によれば、高麗の王室では計63件もの同族婚があり、その中で8親等以内の近親婚が44件で、全体の約7割をも占めており、4親等以内の近親婚も28件ありました。しかし、新羅から主流となっていた近親婚も高麗3代王定宗(946−949)以後には禁止されました。
近親婚の他に、新羅や高麗には一夫多妻制が上流階層を中心に盛行しました。朝鮮時代からはそれまでの時代とは異なり、一種の非公式な一夫多妻制とも言える妾制が制度化されました。朝鮮時代に妾制が制度化されたのは、同時に二人以上の正妻を持つことができないという中国式礼教を導入したことにより、正妻と妾の厳格な区別がされるようになってからです。したがって、以前の多くの妻たちは妾制の制度化により妾の身分に転落しました。また、この制度化により、持つ妻は一人となったため、朝鮮社会の婚姻制度を公式的には一夫一妻制と規定し、妾制度はこれを補完する非公式的な制度としました。
韓国の伝統社会において、婚姻の決定は当事者の意見ではなく家族集団の意見が重視される仲媒婚が一般的な婚姻類型でした。男女間の異性の交際は一切禁止されており、親が決めた配偶者の顔を見ないうちに、結婚式で初めて顔を合わせ、初夜を迎えるのです。しかし、こうした慣習がある一方で、自由婚主義も流行し、新羅の歴史資料の中にも、男女間の愛情をうたったものも多く伝わっています。しかし、恋愛婚も朝鮮時代になると次第になくなっていき、仲媒婚が唯一の婚姻類型となりました。 |