セクション7-3

インタビュー③ 成田奈緒子さん
(子育て科学アクシス代表)

成田奈緒子さんの紹介

成田奈緒子さんは、脳の発達などを長年研究し、睡眠に関する本を多く出版している脳科学者です。そして、子育て科学アクシスという子供の成長に関するワークショップを行うサービスを創設し、その代表を務めている講師でもあります。

子育て科学アクシスとは、主に発達障害や不安障害、うつ病などの精神心理疾患と診断された子どもたちを対象に、それらの成り立ちや特徴を学び、脳科学、心理学、教育学に基づいてアドバイスをするワークショップなどを行うサービスです。

今回は、そんな脳科学の専門家である成田奈緒子さんに睡眠に関するより詳しいお話や多くの人が知らない睡眠に関する事実などを伺い、自分たちが調べていく中で出てきた疑問にもお答えしていただきました。

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インタビュー内容

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まず、いろいろなウェブサイトを調べていく中で、中学生や高校生は年齢によって適正な睡眠時間が変わるという記事を読んだのですが、高校生では何時間くらいが平均なのでしょうか。
『子どもが幸せになる「正しい睡眠」』を含め、私の著書には書いているのですが、世界中の小児科医が使っている教科書の抜粋では、年齢によって寝なければいけない時間が決まっています。生まれたときは大体16時間半くらい、高校生くらいは8時間15分寝ましょう、ということになっています。18歳になると脳が出来上がるので、大人と同じになります。どうでしょう、8時間15分寝ていますか?
7時間くらいしか寝ていないです。
はい、そうなんです。日本人は、世界の標準に比べて大体2時間くらい短い子が多くて、高校生くらいになると6時間とか5時間とかしか寝ていない子が多くなると思うんです。教科書では8時間って言っているのに5時間しか寝ないと、ちゃんと脳が働かないんです。しかし、勉強時間もとらないといけない、部活もしないといけないとなると、そんなに寝ていられないというのが現状だと思います。だから、高校生にはせめて7時間くらいを目指すように言っています。時刻でいうと、夜23時くらいまでには寝て、朝6時くらいには起きるのが大事です、と言っています。
ありがとうございます。睡眠時間が減ると意思決定能力が下がると書いてあったのですが、意思決定能力とは具体的にはどのようなものなのでしょうか。
意思決定能力とは、脳の前頭葉で行われているものです。意思決定のための前頭葉があるのが、脳の大脳皮質というところで、前頭葉がうまく働くためには、ぐっすり眠って、レム睡眠とノンレム睡眠をリズムよくとる必要があります。深いノンレム睡眠と浅いレム睡眠が繰り返されないと、脳が休まらないんです。特に、浅いレム睡眠の時に前頭葉を含めた大脳皮質がちゃんと働くようにリセットされ、整理整頓されるので、レム睡眠が少ないまま起きてしまうと、前頭葉が働かずに意思決定ができなくなります。意思決定ができない状態とは、具体的には今私がこうして話している内容を理解できず、それに対応して答えが出てこなくて、この会話が「……」って繋がらなくなる感じでしょうか。逆に君が質問したことに対して私が意思決定能力がない状態だと、「うーん……」ってなってしまいます。私のように、立て板に水のごとく(笑)聞かれたらすぐ即答できるのが意思決定能力が働いている状態です。
ありがとうございます。睡眠の質と運動が関係しているとあったのですが、どのような関係があるのですか。
今はコロナで家にいる人が多くなっていて、運動不足になっていると聞きますよね。コロナ太りとかよく言うじゃないですか。太るのも困るけれど、一番困るのは睡眠の質が悪くなることだと訴える人も多いんです。その理由は運動不足です。人間は、眠るためには疲れないといけなくて、疲れるから眠るものです。元気はつらつなのに寝なさいって言われてもなかなか眠れないですよね。これらの疲労には「肉体疲労」と「精神疲労(脳疲労)」の2つがあるんだけれど、まず脳が疲れるときはどんなときでしょう?
えっと……
脳が疲れるのは、今の君みたいなことですよ。先生にガンガン質問されて、「うわぁ……」とかでしょうか(笑)。さらに勉強したり、難しい会話をしたり、本を読んだり、長い会話をしたりすると脳が疲れますね。つまり一日活動していると脳が疲れます。もう一つ大事なのが肉体疲労です。睡眠にはさっき言ったように脳をリセットする働きがあるのですが、さらに体そのものをリセットするという働きもあります。やっぱり、眠るためには体が疲れていないとダメで、これは当然運動することになりますよね。歩いたり、ジャンプしたり、通勤ラッシュにもまれたり、運動はもちろん肉体疲労のために必要なのです。これがあると、一日の終わりに体が疲れているので、横たわって休みたくなります。脳も疲れていればなおさらで、この両者がうまく合体して、そして今リラックスしているという状態になれば、スーっと睡眠に移行するわけです。スーっと移行すれば、早い段階で最初の深い眠りが現れて、良い寝付きになります。この深い眠りが現れるまでの時間が30分以内だと理想です。これは、肉体疲労と精神疲労が相まっているときに一番ストーンと深くなります。そのぐらいの年になると経験があるのではないでしょうか。
ありがとうございます。睡眠と勉強に関して、朝起きたときには数学などの頭を使う勉強が適しているようなのですが、それも意思決定能力が関わっているのですか。
朝はやっぱり脳がすっきりしているので、ややこしいことを考えるのには一番良いです。ちなみに先生は、大学受験の時は夜18時に寝て、夜中の2時くらいに起きて勉強していたのですけれど、2時くらいが一番数学がスッと解けましたよ。なので、受験などを予定しているのであれば、ぜひ2時くらいから勉強してみてください。
テスト前の日は、普通の日より早く寝た方が良いのですか。それとも、いつも通り寝た方が良いのですか。
テストは大体日中に行われて、特に9時くらいが普通なので、いつも患者さんやここの会員さんに言っているのは、その時間にベストパフォーマンスができる脳と体を作っておくことが得策だということです。大学を受けるときはセンター試験、これからは共通テストに変わりますが、とにかく全部の科目を2日間にわたってひたすら試験を受けることになるわけです。あれは、体力と脳力が両方ないと絶対に良い点は取れないんですよ。この試験をやっているときに一番パフォーマンスが良くなるように脳をちゃんと事前から鍛えておくのが理想的です。なので、私は2時に起きてガーっと勉強して、6時くらいにお腹が空くからガーっと朝ご飯を食べて、8時くらいからは元気で一番パフォーマンスが良くて、16時くらいになると眠くなってくるので終わる感じでした。大体試験はそのくらいの時間に一番大変な部分があるので、そういう生活をしていると自分の脳の中に入った知識を出しやすく、使いやすくなるので、これがおすすめではあります。
普段からのサイクルが大事ということですね。
はい。試験の前の夜に急に寝てもだめですよ。まあ、全然勉強していないのであれば一夜漬けでガーってやって、その知識が脳に残らないことを覚悟の上でそのまま出した方がましかもしれません。私は一夜漬けができない人だったのでやらなかったんですけどね。
成田さんは、よく子どもに睡眠についてのアドバイスをしていると思うのですが、学生などが睡眠について勘違いしていることは何かありますか。
よくあるのは、休みの日は遅くまで寝て、日頃の睡眠不足を解消しようということです。平日が忙しくてあまり寝ていないから休日に解消しようとするのは大NGです。週末に寝だめをするのは絶対にあり得ないし、役に立たないどころか、害悪であると覚えていてください。普通の睡眠より2時間以上長く寝てしまうと睡眠の質が下がってしまうということは、たくさん報告されています。だから、「休日こそ平日と同じ睡眠」のパターンをとらないと、平日の睡眠が良くならないです。休日の寝だめはNGですよ。
分かりました。学生は、夜遅くまでゲームをして睡眠が短くなりがちですが、そのような人にはどうアドバイスをするようにしていますか。
これは医学というより心理学や教育学のようになるのですが、高校生くらいになると、将来何になりたいのか、明確な将来像を持ってほしいです。それがないと、「まあいいや」と言ってゲームをいつまでもやってしまいます。高校生くらいなら前頭葉、意思決定ができる脳が発達しているはずなので、「自分はこうなりたい」というものを持った上で「ゲームをしたい」という欲望にどう折り合いをつけるか意思決定できると思います。ゲームはしたいのだけれど、この目標に到達するためにはちゃんと勉強する時間も作らなくてはいけないし、脳が働くために寝る時間もとらないといけない、となったときに自分で時間配分を計画的にできるようになることが理想です。なので高校生にはいつも、とりあえず睡眠をとらないとなりたいものにはなれないんだということを分かるように教えていて、その上でゲームをしたいのであればどこにゲームの時間をとるのかを自分で考えるように指導しています。受験が目の前に迫っていない子は、朝4時に起きて6時までゲームをするとかもありなんですよ。朝早く起きてゲームをする代わりに夜は早く寝るようにして、いざ受験が迫ったときにそのゲームに使っていた時間を勉強に切り替えよう、という風にすると、スムーズに切り替えができます。最初から「今日から早く起きて勉強をしよう」と思っても、夜遅く寝る生活が身についている子は大概朝は眠くて勉強できません。でも、「朝4時に起きてゲームしよう」だと目が覚めるんですね。朝一番に自分がやりたいこと、好きなことを持ってくる方が私は良いと思っていて、そうすると、大体みんなできるようになってきます。これは、自暴自棄になっていないか、要は自分のことが好きかどうかですね。自分のことが好きで自分のことを大切にしたい、自分をちゃんと良い大人にしたいと思うのであれば、自分で自分を律することが可能になります。頑張ってくださいね。とりあえず朝の時間を有効に使うのは、いずれにせよ、おすすめです。
世の中には様々な寝具がありますが、やはり良い寝具を使うと良い影響があるのですか。
そうですね。寝具も大切ですし、仰向けで寝るのが良いのか、横向きに寝るのが良いのかなどの姿勢も大切です。寝具はいろいろな寝具メーカーが出しているので、自分の首や頸椎の湾曲にピタッと合うような枕を当てると楽になります。ただ、寝具だけではなくて、寝る環境も重要です。おすすめしているのは真っ暗な状況で、豆電球などをつけないで寝るのが良いです。あとは、静かであること、寝付くときに自分が好きな音楽を流すことです。そういうことで最初の寝付きが良くなれば、おのずと睡眠の質は良くなります。
ありがとうございます。世の中には安い寝具も高い寝具もありますが、何が違うのですか。
私もこういう仕事をしているから、いろいろ枕を探してみて自分のオーダーメイドの枕を買ってみたんですけど、悪くはないけれどそんなにすごく良くもなかったです。自分の後頭部があってそこから頸椎が湾曲しているのですが、このカーブっていうのは人それぞれなので、このカーブにフィットする枕であれば良いと思います。値段よりもカーブが自分に合うかどうかということです。あとは体の頸椎、胸椎、腰椎、脊椎はS字に湾曲していて、これがまっすぐになるような寝具だと不快なので、その湾曲に沿って体をホールドしてくれるような寝具であれば良いと思います。値段よりも相性です。
私たちは睡眠と食品の関係についても調べているのですが、先生が「これは睡眠のために食べた方が良い」と思うものはありますか。
寝る前には一般的にはトリプトファンを摂ると良いと言われています。トリプトファンはタンパク質に含まれているので、タンパク質が含まれるものを寝る前に摂ると良いです。例えば、晩ご飯に肉を食べるとよく眠れるということがあります。ただ、私自身夜はかなり早く寝るので、晩ご飯にあまり重いものを食べてしまうとかえって寝付きが悪くなってしまうんです。なのでおすすめしているのはナイトミルクといって、温めた牛乳を夜にリラックスしながら飲むと、トリプトファンが睡眠に関わるセロトニンやメラトニンといった物質のもとになり、良いと言われています。若い子たちで別にいつ食べても良いんだったら、肉ですね。夜に肉を食べると良いですよ。
最近は、テレビなどで「瞑想」、「マインドフルネス」という言葉を聞くようになりました。そのようなことでも脳の疲労はとれるのですか。
マインドフルネスは私たちの施設でもやっています。前頭葉、つまり考えたり意思決定をしたりする高度な脳が疲れすぎてしまうと、それ以上のことを学習したり頭に入れたりすることができなくなってしまいます。なので、前頭葉を休ませなければいけません。マインドフルネスでは呼吸、足の裏、腹筋などの今ここにあるものに自分の意識を集中させることで、「なんかもう試験で嫌だな」、「そうだ、あの仕事もしないといけない」など脳が疲れすぎている状態を休ませてあげることができます。眠ることをしなくても、瞬時的に前頭葉を休めることができて、すっきりします。なので、おすすめではあります。
ありがとうございます。睡眠学習というものを聞いたことがあるのですが、どのようなメカニズムなのか分かっていないので教えていただけますか。
さっき話したレム睡眠とノンレム睡眠について、レム睡眠のときに脳に入ってきた知識や記憶を統合します。毎日学校で勉強したことはとりあえず大脳皮質にためておかれて、放っておくとそれが少しずつなくなっていきます。しかし、眠ったときに、分散して入れられたその情報が整理整頓されて、記憶に固着されていきます。なので、朝起きたときに「あれ、なんか、これ分かるようになってる」っていうことが実際に起こります。私自身は睡眠学習というものをそんなに深く学んだわけではないのですが、一般的な睡眠にはそういう学習効果が存在するので、睡眠学習ではそこをもう少し特化してやっているのではないですかね。
レム睡眠の「レム」は高速眼球運動(Rapid Eye Movement)の略ですが、レム睡眠時にはなぜ目が動いているのかということは分かりますか。
私も分からないけれど、脳波上は結構活性化しているんですよ。一番よく言われているのはこの間に夢を見るということで、多分眼球運動している中で夢にビジュアライズされている何らかの像を一生懸命見ているんじゃないかと思います。脳波が活性化しているのでそれに伴って何か起こっているのでしょう。
今後の研究に期待ですね。先生はこれまでいろいろな研究をしてきたと思うのですが、その中で一番印象に残っている研究や一番驚いた研究があれば教えてください。
一番驚いたのは、うちの大学4年生のゼミ生の研究です。サッカーか何かのクラブをやっていたんですが、けがだらけになってしまって、せっかく能力が高かったのに大会に出られなくなってしまいました。それをきっかけに気持ちもどんどん落ちてきて、学習のやる気がなくなり、ゼミでやらなくてはいけないこともやらなくなり、困った状態になってしまったんです。その子はゼミの卒論で睡眠の研究をしたいと言って、自分やほかの学生の脳波を計測して寝ているときの脳波の違いを調べました。そうしたら、ほかの学生はレム睡眠とノンレム睡眠の脳波がきちんと形作られていたのに、自分の脳波がぐちゃぐちゃだという衝撃の事実を発見したんです。さらに、よく眠っている子と眠っていない子をたくさん集めてデータを集めたところ、よく眠っている子は自己肯定感、自分が大好きだと思う心がすごく高かったのに、ちゃんと寝ていない子は自己肯定感がすごく低かったんですね。その学生さんはめちゃくちゃ反省をしました。何を反省したかというと、もともと大学に入るまではきちんとした生活をしていたんですが、大学に入ってから24時間営業のDVD屋さんでバイトをしたので、夜23時から朝4時とかのシフトで働いていて、昼夜逆転のぐちゃぐちゃの睡眠になっていったんです。それで脳波もぐちゃぐちゃ、運動もできない、体もけがばかり、勉強もできない、心も落ちたっていうことを自分で分かったようです。それからそのバイトを辞めて、実家に帰って生活を改善したらすごく変わって、ちゃんと素晴らしい卒論を書き終えて、ちゃんと卒業して学校の先生として働いている。これが素晴らしいです。なので、睡眠だけで体も、学習能力も、心も、三位一体でこれだけ変わるということをその学生さんは身をもって研究して結果を出してくれています。それをみんな、よく覚えておいてくださいよ。高校生の人はぜひ自分で自覚して、心を落としたくない、将来ちゃんと何者かになりたいんだったら、まず寝ることから始めてください。本当に寝ることだけですべて変わっていくんです。よろしくお願いします。
ありがとうございました。先ほど先生は、学生の頃に夕方18時に寝て、朝2時に起きるのが一番試験時間に合うとおっしゃったと思うのですが、起きてから何時間後にベストパフォーマンスをだせるのかは人によって違うのですか。
訓練すれば、大体朝起きてすぐ活性化するようになり、理論上それが一番良いはずです。ただ、それは訓練されないとできないので、いつも夜中2時くらいまで勉強している人が、じゃあ夜18時くらいに寝ようとしてもうまくいかないです。普段から夜18時くらいから寝ていた人がいざ勉強しようと思ったときに、夜の勉強が自分に合うのか朝が自分に合うのかというと、早寝早起きしていた人は大体朝の方がパフォーマンスが良いということが実験で分かったんです。私も高校生くらいのときに周りの子が勉強し始めたので、みんなみたいにやってみようかと思って、夜勉強したんです。でもぐっすり寝てしまって、全然ダメだったので、ならいっそのこと前倒しをしようと思ったらすごく自分に合っていました。それで朝勉強にしましたが、効率が良いんですよね。やっぱり、夜だと何時まででもいいやって思ってしまってだらだらと勉強するんですけど、朝2時に起きても6時にはもうご飯を食べて学校に行かないといけないので、4時間しかありません。それで医学部に受かろうと思うと、相当効率良い勉強方法を編み出さないといけないので、私は勉強時間ではなくて、どれだけ効率良く脳を使う癖がつくかっていうのが学習効率を上げるポイントだと思っています。なので、そういう意味では朝勉の方が高校に通いながら勉強する子にとっては一番やりやすいです。ちなみにうちの子も同じく夕方6時に寝て、朝2時くらいに起きて朝勉するので国立医学部に受かっています。昔も今もそうです。
ありがとうございました。
はい。頑張ってくださいね。

まとめ

  • 高校生の推奨睡眠時間は8時間15分。
  • 体が疲れていないと深い睡眠がとれないので運動をすることが大切。
  • 休日の睡眠時間が2時間以上長くなると、平日の睡眠の質が下がる。
  • 早起きするには、起床後に自分の好きなこと(ゲームなど)をやると良い。
  • 訓練すれば、起床後すぐに脳を活性化させることができる。
  • 寝具は値段にかかわらず自分にあったものを選ぶ。
  • 寝なくても、マインドフルネスなどで瞬間的に脳を休ませることは可能。