日本古代食事典

『日本古代食事典』にも、かんぶつについていくつか記載されています。
「干物(からもの)」、「餉(かれいい)」、「鹿尾菜(ひじき)」、鮭の加工品である「楚割(すわやり)」「乾鮭(からざけ)」について紹介します。

【干物】については、
『干した食品のこと
で、主として魚貝や鳥などのひものをいうが、野菜や海藻の乾物をいう場合もある。日にあてて干すことにより、水分をとばして保存性を高めるが、材料が魚貝や鳥類などのように動物性タンパク質の場合は、軽い発酵がおこりアミノ酸が増加するから、うま味が増える。
太陽の光熱と風という自然のエネルギーによって作る保存食であり、"太陽熱料理”といっていいほど、素材の持ち味が濃縮されてうまくなる
『宇津保物語』(うつほものがたり)の「あて宮」に、一尺三寸ばかりの堅木の盤に、生物、乾物、鮨物、(すし)貝物、たけたかくうるはしく盛りて, とあり、『源氏物語』の「若菜上」(わかなじょう)にも、「さるべきからものばかりして、御土器参る」と出ている。「鍋」は、水や酒などを盛る容器であるが、食べものを入れる場合もあった。』
と記載されています。

【餉】については、
『「乾飯」とも書く。』 『古事類苑』(こじるいえん)で説明されており、『餉(かれいい)は「干し飯」のことで、「ギ(干るの連用形)」と「飯」の合体語。飯を干し固めたもので、携帯用の食料として重要である。』と記載されています。

鹿尾菜(ひじき)】については
『「和名抄」(わみょうしょう)の「海菜類」(かいさいるい)に「鹿尾菜、比須木毛」(ひじき)とあるが現在のヒジキのことだろう
「母勢物語』の「三」に、
昔、男ありけり。懸想(けそん)じける女のもとに、ひじき藻と いふ物をやるとて、
思ひあらば むぐらの宿に 寝もしなむ
ひじきものには 袖をしつつも
「昔、ある男がいた。思いをかけた女性の所に、ひじき薬というものを贈るというので(次のような歌をつけてやっ た)。
もし、貴女に私を思う情熱がおありになるならば、むぐら(ツル草の一種で、荒地に生える)の生えしげっているあばら家ででも、共寝をしましょう。たとえ、ちゃんとした夜具が無くとも、敷物には袖をしながらでもいいじゃありませんか」 というほどの意味。
「ひじきもの」は、干潮時に岩礁(がんしょう)の上に姿をあらわす、ぎっしりと群生したヒジキの"敷物"のことで、よく歌題に使われる。』
と記載されています。

【楚割】については、
『「楚割」の文字は、「養老賦役令」(ようろうぶやくのりょう)や平城京跡出土木簡にも見られる。魚肉を細長く切って干したもの。削って、そのまま食べる。そのため、「魚條」とも書く。
平安時代の「和名抄」は、魚條読須波夜利、本朝式云割。と訳して「すはやり」とよんでいる。
平城京跡出土の木簡中に、「佐米割」(さめすわやり)、「麻須楚割」(ますのすわやり)「須々岐楚割」(すずきすわり)な どの墨書がある。タイの楚割もあったが、魚類ばかりでなく、鳥類にも行なわれている。
文中に永仁三年(一二九五)の年号の入った鎌倉時代の「厨事類記」(ちゅうじるいき)に、 「千鳥。スハヤリナキ時、カツヲヲモル」とあり、千鳥のかわりにカツオの楚割を使用する場合もあった。』
と記載されています。

【乾鮭(からざけ)】については、
『「干鮭」とも書く。サケ科の魚で、縄文遣跡からも多数出土している。古くから、日本人とはなじみが深い。
「今昔物語集」の「右近の馬場にて殿上人の種合せし話」 (巻第二十八、第三十五)に、「乾鮭を太刀に帯けて」と出ている。
乾鮭は、内臓を取り除いて、塩をふらずに干したもので、タンパク質の供給源として重要だった。
江戸時代の元禄八年(一六九五)に刊行された「本朝食 鑑」(人見必大著)に、「乾鮭」についての、次のような詳しい記述がある。
「集解」 松前、秋田および両越に特に多く産し、諸州に伝送している。乾鮭の作り方は、生鮭の腸を取り除き、屋上に投げ出したり、樹枝にかけたりして乾しさらし、日を経く。その中に、鮭の開きというものがある。鮮鮭の鱗や鰓、内臓を取り去り、背中から開いて曝乾(さらしぼし)にしたもので、通常の乾鮭の比ではない。
乾鮭は、松前、秋田産のものがよい。それらの地で は、たいてい、冬月に鮭が逆流をついて川上の深淵にさかのぼってくる。
草石の間に子を生みつけると、腹は開け、体はやせて流落し、流されにしたがって下る。 その数は幾千百とも知れない。
そのとき、漁人は長い竹竿の先を削りとがらし、岸辺にいて流れてくる鮭を刺し、はるか屋上にほうり投げる。
そのまま霜露(そうろ)にさらし、風日にさらして乾魚として全国に出荷する。現今京都、江戸に伝送しているものは、ことごとくこれらの土地の鮭である。』
と記載されています。

かんぶつが古代の人々の生活に深い関わりがあったことが分かりました。
文字だけでなく、実物に近いものを見ると、理解が深まるのではないかと思いました。
そこで僕達は、『斎宮歴史博物館』で取材させていただきました。

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