斎宮歴史博物館

斎宮歴史博物館では、斎宮の歴史や発掘成果などを映像や再現模型などから学ぶことができます。斎宮は古代から中世にかけて、天皇に代わって伊勢神宮に仕えた未婚の皇女「斎王」の宮殿が置かれたところです。

学芸員さんへの取材

学芸員さんは博物館内にある「日本古代食事典」などの書籍を紹介してくださっただけでなく、再現模型についても案内してくださいました。

     
当時の状況とかんぶつとの関わりについて教えてください。

斎王の食事の詳細なレシピの記録は残っていません。しかし、「延喜斎宮式」(えんぎさいくうしき)には、斎宮に諸国から税として送られた食材が書き上げられています。
この品々に斎宮近くで取れる海の幸を加え、新たに斎王の食事レシピを作成してみました。
参考にしたのは、「類聚雑要抄」(るいぞうじょうようしゅう)に見られる永久三年(一一一五)に関白藤原忠実(かんぱくふじわらのただざね)が東三条殿(ひがしさんじょうどの)という邸宅に転居した時の祝宴の食事です。
こうした食事は日常的ではなく、おそらく儀礼的なもので、箸をつける程度で人々に分配されていたとも見られています。
四進(第四の高坏)が干物の類で、➀蒸鰒(むしあわび)➁干鳥( キジの干物)➂焼烏賊 (イカの焼き物)➃楚割(すはやり=魚肉を細長く切って干したもの。サメを使った) となっています。>お正月の食事にもかんぶつが使われています。鰒や鯛や薬もあります。

かんぶつは保存ができて持ち運びしやすいから、貢献品として重宝されていたのだと思いました。
貢献品となるまでには、うまく乾かずカビが生えたりカチカチになったり、いろんな試行錯誤があったのではないかと思いました。
跡地であるこの場所でお話を伺ったり、再現模型や映像を見せていただいたことで、はるか昔の人々の生活の様子が目に浮かぶようでした。
保存できて持ち運びしやすいということは、かんぶつは忍者の携帯食にも使われていたのかな?
そう思った僕達は「伊賀流忍者博物館」に取材させていただくことになりました。

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