1925年 『女工哀史』発表
1880年代から1890年代にかけて、日本にも産業革命が起こり、子どもは工場における労働力として使われていました。特に、日清戦争後には工場生産が急速に発展し、工場での労働力確保のために、多くの10歳未満の子どもが平均1日15時間ほどの過酷な労働に従事していました。こうした子ども達の労働に関する窮状は、1925年に発表された『女工哀史』にも記されていました。
『女工哀史』は1925年に作家の細井和喜蔵によって著された、ルポタージュ(記録文学)です。本書では、紡績・織布業の工場で働いていた「女工」の実態が描かれ、劣悪な労働環境や、自由が縛られる寄宿舎での生活、虐待、募集の際の詐欺などについて記されています。当時の繊維産業では、貧農の子女を中心とする「女工」が過酷な環境で働かされていました。実際に、官営の富岡製糸場では、没落士族や貧農出身の10代半ばの子女を集めて、劣悪な職場環境での1日15時間以上の低賃金労働や、虐使、前借金等に拘束された年季奉公などが行われました。
大正時代に入ると、日本では社会労働運動が高まり、社会権、特に国民の機会均等教育を求める声と共鳴し合うようになっていきました。
産業革命
19世紀ごろのイギリスで始まった一連の革命のこと。大規模工場と機械による大量生産の導入や交通技術の飛躍的発展が進み、現代の資本主義社会の礎となった出来事とも言えます。19世紀末ごろまでに欧州主要各国で完了し、日本では明治維新後の文明開化に伴い進んでいきました。
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年季奉公
雇ってくれる人のもとで一定年数働く労働方式。多くの場合住み込み形式の働き方で、最低限の住居や食べ物といったものは保障されていましたが、充分な給与や自由な生活、休みと言ったものはほぼ尊重されていませんでした。なお、現代では「子どもの権利条約」に当然違反しているほか、人権侵害であるために各国法令で禁じられているケースが多いです。
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社会労働運動
社会運動と労働運動を合わせた呼び方。社会運動とは社会全体の在り方、形を変えるために人々が集まって起こされる抗議の運動のこと。労働運動とは生活や暮らしの質を上げるために労働者たちが、彼らを支配する側の資本家たちに対して行う抗議の運動のこと。
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