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現状と改善策

教育格差

現状

昨今の日本では、教育格差という問題が子どもの権利を脅かす一つの社会的課題となっていると言えるでしょう。教育格差に関しては「子どもの貧困」に起因するケース、「子どもの貧困」から発展して起きるケースが非常に多いため、しばしば絡めて説明されます。しかし、当サイトでは、「教育格差」という問題の重要性を鑑みて、「子どもの貧困」の問題の中でも他の日常生活に関連する問題とこの問題を区別し、あえて「子どもの貧困」とは異なる独立させた新しい項を本ページとして作りました。(※その性質上、「子どもの貧困」に関しての全体的な概要に関しては本項では割愛しておりますので、気になる方は「貧困」のページにアクセスすることをお勧めします。)

教育格差の種類

さて、教育格差に関しては、「教育の質が高いか低いかに関する格差」「教育制度自体にアクセスできるかどうかという格差」の二つがあります。これは「貧困」の項で説明した「相対的貧困」と「絶対的貧困」の話に全く同じように重ね合わせることのできる構図で、前者は先進国に多く、後者は発展途上国に多く存在する問題です。日本の子どもたちの教育格差に関する現状としてはほとんどの場合、前者に当てはまります。

教育の質の格差とは

では、「教育の質の格差」とは具体的にはどのようなことを指すのでしょうか。例えば、塾や予備校といったものに通えるかどうかというものがその最たる例と言えるのではないでしょうか。生活困窮世帯の子どもは、平均的な収入の世帯の子どもと比べて、塾・予備校などの学校外における勉強サービスを受けることが困難な傾向にあります。これは塾や予備校が往々にして高額な月謝、授業料によって成り立っているためです。

また、公立と私立の間での格差という視点でもみることができます。現在日本の多くの私立学校と公立学校の間に複雑な格差が生じています。例えば、授業の内容の格差や授業料の格差はその一例として挙げることができるでしょう。前者は、公立の方が私立に比べ、授業カリキュラムや進度が遅く、そのために公立校の教育の質が私立校に比べて低いという状況のことです。後者は、私立のほうが公立に比べ、著しく授業料が高いという事実のことです。生活困窮世帯の子どもは私立学校を利用しづらく、実質的に選択肢が公立学校しかないのではないかという疑わしい現実が存在しています。無論日本中全ての公立校と私立校にこの2つの特徴が該当しているとは一概には言えませんが、全体の傾向としてこういった事実が存在しているのも確かなことです。

教育の質の格差

そして、こうした状況は最終的には、生活困窮世帯の子どもとそうでない子どもの「学歴格差」へと密接に繋がっていきます。

学歴格差

「学歴格差」は、現在の日本における学歴社会に起因しているものと言えるでしょう。この格差は、子どもの「教育格差」という問題が大人の社会にも波及してゆく、いわば「教育格差」の最終局面であると言い換えることができます。学歴の格差は仕事に就く際や結婚などといった数多くの種類の人生のライフイベントに影を落とします。それがいわゆる「学歴差別」というものです。「学歴フィルター」という言葉を耳にしたことがある人も多いのではないでしょうか。例えば、就職の説明会に応募しようとした際に、偏差値の高い大学であると空席があると表示されるのに対し、偏差値の低い大学では満席と表示されるといった問題は有名です。他にも結婚の際に、大卒の人は大卒同士で、高卒の人は高卒同士で結婚するというケースも多くあります。このように、「学歴差別」はまだまだ日本に根深く存在し、様々な立場の人から多角的な視点で議論が日々交わされ続けています

学歴格差

この問題が今後も進行し続けると…

これらの格差を通して、子どもの教育格差という問題は単にそれだけにとどまらず、さらにスケールの大きい副次的な影響を及ぼす問題へと変化します。それは教育格差に基づく収入の格差です。

貧困のために起きる「学歴格差」によって就職の際の門戸、機会が万人に平等という状態ではなくなり、それが進むと、いき過ぎた収入格差の存在する社会へと突入していきます。この問題が深刻化してしまうと、貧富の広がりに端を発して社会全体の利益の分配が滞り、収入に基づく社会階級の固定化を招いてしまう危険性をはらんでいます。そしてこれは「貧困」の項でも述べたような世代を超えた貧困へと連鎖する形で影響を及ぼし、最終的には未来の子どもたちの「教育格差」を生み出す最も大きな原因となります。「教育格差」の問題も「貧困」同様連鎖する性質を持っている問題なのです。ゆえに、「子どもの教育格差」の問題は短期的にも長期的に見ても、解決が急がれる重大な社会課題の1つといえるのではないでしょうか。

「子どもの権利条約」では…

ちなみに、子どもの教育に関しては、子どもの権利条約第28条第29条において明確に規定がなされています。この条文は子どもの権利条約一覧のページにて解説しておりますので、あわせてご参照ください。

改善策

この問題は「学歴格差」の問題にも繋がり、「学歴社会」という日本社会の体系に深く根付いているため解決させていくのは困難なように思われます。ですが同時に、解決が急がれる社会課題であることは揺るぎない事実です。その状況の中で、改善策というものがいくつか考えられます。

予算改編

教育関係の予算を大幅に増額することが最もこの問題を迅速に解決に近づけることのできる手段の1つだと考えます。例えば、私立・公立を問わず、生活困窮世帯の子どもの授業料・通学費に関しての助成・補助金制度をさらに充実させることや勉強に対して熱心な意欲を持っている子どもへの奨学金制度にあてる予算をさらに増やすことが有効策だと推考します。あてる予算を生み出すことは、非常に難しいことだと推察されますが、予算の無駄をいち早くなくすことがやはり大事なことだと思います。また、教育を受けたい人がしっかりと貧富によらず受けられるようになると、大人になった彼らは社会に貢献するようになるでしょう。そうして広く活躍している彼らから次の世代の豊かな教育に当てるための「教育関連税」なるものを徴税して、予算にあてていくこともよい方法なのではないでしょうか。こうすることで、豊かな教育というものを世代を超えたよいサイクルに乗せることができると思います。加えて、これらのことを明確に定めた教育関連の新法案を数多く立法していくことも大切だと考えます。

教育関係の予算増大

入試などの制度変更

入試などの制度を抜本的に改革することも改善策として有効ではないかと考えます。上述のように「学歴差別」を生み出す要因は日本の「学歴社会」にあると考えられるわけですが、その「学歴社会」自体を生み出している要因には現行の入試制度が深く絡みついていると思います。

現在の入試制度というものは、受ける際の前提状況がすでに不平等、不公平であるように見受けられます。なぜなら、上述のように貧富の差によって塾・予備校に通えるかどうかが決まり、ひいてはそれが入試の有利不利につながってしまうからです。この状況を変革する方法として、学校側が新しい入試のシステムを生み出すべきだと考えます。

具体的には、入試より前の早い段階で、学校側が志願者に志望動機や入学後の展望を問う「小論文」と「面接」を課し、勉学への意欲が強い人に奨学金や塾・予備校の授業料を与えるというシステムです。例えば、ある大学がその大学を志望する高校生1年生に対して、「小論文」を課します。ここで重要なのは「高校1年生」であるということです。この制度の上では早くから志望校を決めることができる、つまり志望する学校への熱意がより強い学生が得をするようなシステムになっています。そして、その中から入学後の勉強に対する熱意を感じられるものを選び、面接に呼びます。そして、この面接でも並々ならぬ熱意が見られた人に対し、大学側が奨学金と塾・予備校の授業料を与えるという流れです。この制度の上で重要なのは、この「小論文」と「面接」だけで学校の合否を決定するというわけではないということです。熱意のある人に学校側が資金を提供し、その資金で勉強した上で、その学校の入試に臨むということです。無論、その人が合格するかどうかはその入試にかかっており、不合格の場合には学校側が提供した資金は無駄になるように一見思えます。しかし、他の学校も併願し、そちらに合格した場合には、その貧困世帯の子どもはその資金によって大学に入学することができ、結果としてその子ども自身の勉学の意思は、大局的な視点で見れば最終的に果たされることになるわけです。言い換えると、こうすることで、貧困家庭の子どもが勉学に臨むハードルが低くなるという社会全体の利益がゆっくりと長期的な視点で上がっていくことになると考えられるわけです。

新しい入試システムの提案

無論、このやり方を導入するにはいくつもの難点がありますし、学校側が資金を提供した学生を得ることができないパターンもあるため、各方面より批判の声も挙がるとは思います。さらに、制度自体の運用があまりに理想的すぎるという側面も一定程度あるのではないかと感じます。

しかしながら、現行の入試制度に比べて、より多くの様々な境遇の人にに入学の機会を広げ、貧富によらず真に優秀で勉学への熱意のある人材が行きたい学校に入り、ひいては社会のために貢献するという長い視点での社会全体の利益を追求するシステムです。勿論、制度導入に伴う弊害もいくらかは出てくるでしょうが、大胆で革新的だからこそ「教育格差」を現状よりも好転させることのできる一種の奇策になると考えます。

草の根からの改善策 教育版「子ども食堂」

制度の変更や新たな法案の立法などの大規模な改革以外の方向性にも解決に向かっていける手段は考えられます。例えば、子ども食堂」のような形式で子どもたちが勉強できるような場所を新たに生み出すというのはどうでしょうか。これはいわば教育版の「子ども食堂」とも言えるものです。貧富の差によらず勉強したいという意欲のある子どもが教わりながら自由に勉強できる空間を日本各地に設けるという発想です。運営は影響力のある民間団体やNPOもしくは政府の委託を受けた独立行政法人が担当するのがふさわしいと考えます。もちろん、全国規模にシステムを広げることは容易ではないことではありますが、実現しシステムが整えば、「教育格差」というものは現在に比べ、長期的に見れば格段かつ飛躍的に改善に向かうことができ、「教育格差」の世代を越えた連鎖も断ち切ることが確実にできると思います。

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